ハーメルン
アクシデントは突発に
(後編)

  
「あれ……?」
  
 さらに続く、俺と美琴とロータスの散歩道。
 ピクリと、ふと耳慣れたその声に身体が反応する。
  
「おーい。なおくーん!」
「……あ、藤枝さんだ。やっほー!」
 
 さっそく保奈美の姿を認めた美琴が、勢いよくそちらへとむかって手を振った。
 当の保奈美はというと、普段からよく見かける外出着を着込みつつ、片方の腕にはなにやらワンポイントの入った紙袋などを抱えている。
 その柄には、俺も見覚えがあった。察するに、おそらく商店街にでも行ってきた帰りだろうか。
 なんだかんだとやっているうちに、もうじき昼だ。みんな思い思いに、それぞれの休日を満喫しているのだろう。
 やがて、彼女は俺たちの前まで歩み寄ると、しんそこ驚いたという表情を俺に向けてきた。
  
「なおくん、休日なのにこんな時間から出歩いてるなんて、珍しいね?」
「ふふん、そうだろうそうだろう。……いや、っていうかさ。それよりもこっちの美琴が犬の散歩をしてる方が、よっぽど珍妙だと俺は思うんだが?」
「ううん。天ヶ崎さんがロータスといっしょに散歩しているのは、わたしもよく見かけてるし。なおくんが寝坊しないでちゃんと起きていることの方が、何倍も珍しいよ」
「うんうん。そうだよねー、藤枝さんっ」
  
 くっ……。どうやら、形勢があまりよろしくない。
 このままでは早起きをしたという俺の偉業も、ともすれば単なる皮肉の対象へと様変わりしかねん。
  
「……そ、それにしても、商店街に行ってきたのか?」
  
 とりあえず話題を変えるべく、俺は保奈美が小脇にかかえる紙袋を苦しまぎれに指差した。
  
「あ、うん。今度料理部で使う材料の下調べと、簡単な調達をね。……なおくんは?」
「俺か? 俺は……」
  
 保奈美の問いに、やれやれといった溜め息をひとつ。
  
「ひとり気ままで優雅なる散歩に、美琴とロータスが勝手についてきてるって感じかな」
  
 まったく、しょうがない一匹と一人だこと。
  
「か、勝手についてってなんかないよー! 久住くんの方が、わたしとロータスの散歩についてきてるんでしょ」
「うをんっ!」
  
 美琴のみならず、ロータスまでもが憤慨されてしまわれた。
  
「……天ヶ崎さん、まだあんまり街のことは詳しくないんだよね。なおくんがいるからって気を遣って見慣れない道に入ったりしないで、いつもと同じように散歩すればいいんだからね」
  
 うわ。俺の話、誰からも信用してもらえねえ。
  
「……というか、保奈美もいっしょに来るか、散歩?」
  
 俺の誘いに、しかし保奈美はちょっと笑って首を振った。
  
「ううん。これから家に帰って、やらなくちゃいけないことがあるの。だからまた今度誘って、ね?」
「うーん、残念だけど……それじゃ仕方がないよね」
  
 保奈美の返事に、少しばかりがっかりした様子を見せる美琴。
 とはいえ、彼女自らも言っているように、こればっかりは仕方がない。
 今にも先に進みたくでうずうずとしはじめたロータスに引かれるようにして、互いに挨拶を交わしつつ、俺たちは保奈美と別れようと……。
  
 ……したところで。

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