第八話 Linkage
「それでは、ユーハングから来た我らが友人に乾杯」
レオナが音頭を取り、ビールの入った樽がぶつかり合う。羽衣丸船内の酒場では、リーパーの歓迎会が開かれていた。
もっとも主賓であるリーパーは、ビールの入った樽に目を落とし、どこか浮かない顔をしていた。テーブルに料理の盛り付けられた皿を運んできたリリコが、リーパーの顔を覗き込む。
「あら、どうしたの? 毒なんか入ってないわよ?」
「いえ、そういうわけでは…。こんなことをしていていいのかなって」
あくまで民間軍事会社の社員とはいえ、今のリーパーは国連軍の一員だ。司令部からの作戦命令に従い、オーストラリアに向かうのが今の最優先事項だった。こんな宴会に参加していていいものか、そんなことを考えてしまう。本当ならば今すぐフランカーで離陸して、空に「穴」が開いていないか探して回りたい気分だった。
「君が元の世界に早く帰りたい気持ちはわかるよ。でも穴が開かない限り、どうしようもない」
リーパーの隣に座る男が、さっそく樽のビールを飲み干して言う。ケイトの兄で、ユーハングの研究家であるアレンだ。70年前に穴の向こうに帰っていったユーハング人が、事故とはいえイジツにやって来たのだから、この集まりに参加しないわけがなかった。歓迎会が始まる前からリーパーにあれやこれやと質問を繰り出し、いつの間にか彼の隣の席に陣取っていたアレンの息は、既に酒臭かった。
「僕らも君がユーハングの世界に早く帰れるように協力するからさ、今はこうして楽しくお酒を飲もうよ。歓迎会ってめでたい場なんだから、たくさんお酒を飲んだって罰は当たらないさ」
「アレンはいつもお酒を飲んでいる。歓迎会は関係ない」
「あはは、ビールお代わり!」
イジツ語が英語とよく似ているおかげで、リーパーとアレン達の意思疎通はほとんど問題なく行えていた。もっとも専門用語やスラングなどまではわからないので、アレンやケイトの通訳が必要だが。
だがアレンの言う通り、今リーパーに出来ることは何もない。リーパーがイジツにやって来た時の「穴」は閉じてしまい、次にいつ開くかもわからない。歓迎会を固辞し一晩中フランカーで飛び回っていたところで、元の世界に帰れる「穴」を見つけられるかもわからないのだ。
しかも知らない場所での夜間飛行は危険行為に他ならない。陽も落ちた今、リーパーに出来ることは何もなかった。
だったら今はイジツの人々と交流を深め、少しでも友好的な関係を築いておいた方がいい。リーパーはそう思い直し、ビールの入った樽に口をつけた。地球のビールとほとんど変わらない味だった。
「それにしてもユーハング人って、本当にいたのね。話には聞いていても会ったことはなかったから、御伽噺の中の人かと思っていたわ」
「ユーハング人が帰っていったのって70年前だっけ?」
「その後も時折穴から迷い込んだ者がいたと思われる。ただし、記録には残っていない」
「こうしてユーハングの方とお会いしていることって、もしかしたらとてつもなく貴重な経験なのかもしれませんわね」
唐揚げに醤油をかけていたチカが、「そうだ!」と何かを思い出して叫んだ。
「ね、ユーハングには海があるんでしょ? ウーミもいるの?」
「ウーミ?」
「これ!」
チカが一冊の絵本をリーパーに突き出す。開かれたページには、大きい目玉の魚らしきキャラクターが描かれていた。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/4
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク