第九話 Take off
翌朝。ラハマ飛行場の周辺には大勢の住民が集まり、滑走路に引き出された一機の戦闘機を遠巻きに眺めていた。自警団員が集まる住民らを飛行場に入らないよう整理に当たっているが、その団員たちの視線も時折滑走路に向いてしまっている。
「なんだぁ? エルロンが垂れ下がってるじゃないか。故障か?」
いつも通りのタンクトップ姿のナツオが、滑走路上のフランカーを間近で見ながら指摘する。整備士という職業柄、未知の機体に対する興味があるらしい。リーパーとしても機体の見学を断る理由はないので、時折ナツオから飛んでくる質問に答えつつ離陸の準備を始めていた。
「この戦闘機は隼みたいにケーブルでエルロンやラダーを動かしてるわけじゃないんです。操縦桿の動きを電気信号に変換して、アクチュエーターまで伝達しているんです。だからこうして駐機している時は電気信号が来ないから…」
「エルロンも力が抜けた感じになるってか。ケーブルに繋がった操縦桿を力いっぱい引くより、そっちの方が楽そうだな」
「まあ簡単に操縦桿の動きが反映されてしまうので、下手に倒すと急激な機動で気絶しかねないんですけどね」
フライバイワイヤの機体は、キリエ達が乗る隼のように操縦桿を思い切り引かずとも、数ミリ動かしただけで機体が思い通り動いてくれる。その反面システムにバグがあったら即墜落、なんて事態もありうるので、アナログ式と比べて一長一短だが。
「こいつがジェットエンジンか。実物を見るのは初めてだな」
ナツオがそう言って機体後方に回り込む。危ないのでエンジン始動時には離れるように注意しておいてから、リーパーは松葉杖をついてやって来たアレンの姿を視界の端に認めた。
「いやあごめんごめん、この耐Gスーツってのを着るのに手間取っちゃってさ」
今のアレンはリーパーが貸した予備のパイロットスーツに加え、同じく予備で持っていた耐Gスーツを下半身に纏っていた。まだ完全に足を自由に動かせない彼にとって、着るのは難しかっただろう。
「この耐Gスーツってのは興味深い代物だね。急激なGがかかると膨らんで、下半身に血が溜まらないようにする。そうすることで失神を防げるってわけか」
「これがあれば、より大胆な戦闘機動を行うことも可能」
アレンの着替えを手伝っていたケイトが、耐Gスーツを摘まみながら言った。ケイトは興味津々と言った感じで、アレンに負けず劣らずリーパーにフランカーや装備品のことを次々と尋ねてくる。最初見た時は無口な人なのかと思っていただけに、リーパーにとっては意外だった。
「邪魔かもしれないけど我慢してくれ。でないと飛行中に、上と下から色んなモノを垂れ流しながら気絶する羽目になる」
「ユーハングの最新鋭戦闘機に乗せてもらうんだ、文句は言わないさ。フライト前にお酒が飲めればもっと良かったんだけどね」
「朝っぱらから酒を飲まないでくれよ。吐いたら許さないからな」
「はは、わかってるって」
「本当にわかってるのかな…」
アレンのパイロットスーツのポケットにスキットルが収まっているのを見て、没収。耐Gスーツをちゃんと着ていることを確認してから、フランカーの操縦席脇に立てかけられたラダーをアレンが上るのを手伝う。下から彼の身体を押し上げ、後部座席に座らせる。
「これが計器の代わりになるのかな?」
アレンが操縦席に据え付けられたモニターを指さして言った。グランダー社の手によってグラスコックピット化された操縦席には、アナログ計器の類はほとんどない。必要な情報は全て、座席正面に取り付けられた数枚のモニターに表示される。
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