交渉
時は6月。
B級ランク戦も始まり、新入隊員もようやくボーダー本部での生活に慣れてきた時期である。その日、三輪は防衛任務を終えて食堂で食事を済ませていた。
「あら、三輪くん」
「加古さん。おつかれさまです」
「ええ。お疲れ様。防衛任務上がりかしら?」
「はい」
加古が食事中の三輪を見つけると反対側の椅子に腰かける。
二人は同じA級の隊長であり、かつてはとある部隊に共に所属していたチームメイトでもあった。
「そういえば、この前あなたが見つけた子と会って来たわよ。紅月君」
「紅月ですか?」
「ええ」
面白そうに加古は語る。確かに太刀川や当真をはじめ、A級の中でも優れている隊員達でさえ彼に興味を示していた。加古がライに目をつけるのも当然だろうと結論付ける。
「でも駄目だったわ。紅月君にフラれちゃったの」
「ブッ!」
寂しげにため息を吐く加古を見た三輪は、口に含んだ汁物を思わず零しかけた。
『紛らわしい言い方はやめてください』という言葉は発せられず、その場でせき込む。
加古が名前の頭文字がKの隊員を集めていることは三輪も知っていた。だからどうせ勧誘に失敗したのだろうと三輪は考えたのだが。
「紅月君は『もう他の女の子と約束した』んだって」
「……はっ!?」
ようやく落ち着いた頃に続けられた言葉に三輪は呆然とする。
おかげで反論は続かず、『部隊の話ではなかったのか?』と思考が停止した。
ライがあらゆる部隊の勧誘を断っているという話は米屋達を通じて聞いている。その為に彼には加古の話と部隊の件がすぐに結びつかず、まさか本当に異性とのお付き合いに関する話なのかとパニックに陥った。
「一途よね。私と部屋まで一緒に行ったのに、初めてはその女の子とが良いとも言っていたわ」
「部屋? 初めて!?」
「今は無理だけど、その子が成長したら届も提出するらしいし」
「(婚姻)届!?」
冷静さを失った三輪は次々と押し寄せる驚愕な事実の波に押し流されていく。情報の整理は間に合わず、彼の中で間違った結論が固まろうとしていた。
「少し紅月と話をしてきます。俺はこれで失礼します」
未だに食事が残っているにも関わらず、三輪は立ち上がり片付けへと向かう。目指すはライが住んでいる作戦室。職員に食器を託すやいなや、凄まじい速度で廊下を駆け抜けて行った。
「——まだまだね」
そんな年下隊員の後ろ姿を見送る加古は目を輝かせている。彼女は意外とお茶目な一面を持ち合わせていたのだ。
————
「紅月!」
「三輪じゃないか。どうしたの?」
作戦室へ雪崩れ込むような勢いで駆け込んできた三輪を出迎えるライ。息を整えると三輪は早速本題へと切り込んでいく。
「加古さんがお前にフラれたと言っていたが、本当なのか?」
「加古さん。ああ、この前の話か」
名前を聞いて思い当たる事があったのだろう。ライが思い返すように瞳を閉じて口を開いた。
「本当だよ」
「……そうか」
「陽介には前に話しておいたんだけど、実はそれより前に他の女の子と約束したんだ」
「なん、だと……!?」
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