93話 お茶会
10月×日
葵 陽葵嬢とのラジオ収録を終えて、立ち話もあれだったので近間の喫茶店でお茶をすることになった。私はコーヒー、彼女はミルクティー。メニュー表を見る際にケーキ類のページに心惹かれている様子だったので、マイシスターを思い出して少し微笑ましくなったのはここだけの話。
頼み辛いのだろうか……?
「丁度おやつの時間ですね」なんて呟きながら私がケーキを選びはじめると、彼女も少しだけ嬉しそうに「じゃー、私はなんにしようかなー」とウキウキで頼んでいた。その後SNSにあげるつもりなのかパシャパシャ写真を撮る辺り、実に女の子らしい行動。普段はしっかりしたイメージだが、こういうところは年相応で逆に安心した。
一応周囲の目には届かないように1番入口から遠い席を選んで、声もお互いに控え目にはしている。Vtuberとアダルトゲーム声優ということで素顔が表にでることがない――と言うよりかは出すことは基本避ける職業である。しかし、双方今回のラジオ収録前に『声』で特定したという背景もあるわけで。気を遣ってしまうのだ。尚更に。
まあ彼女は兎も角として、私みたいな一般知名度ゼロみたいなのはそう心配することもないだろうけれど。地元のご近所さんや、親戚、商店街の人に指摘されたことはないし、Vtuberの中の人を特定するようなサイトでも中身の情報はほぼ皆無。配信中に言った、仕事辞めてVをはじめただとか、不登校だったとかそういう話題がまとめられている程度である。
気を抜いて個人情報を特定されかねない情報は出さないようにしなくちゃなんだが、そういうプライベートなトークってファンの人が喜ぶもんだからついつい漏らしてしまう人の気持ちも分からんでもない。
私の過去の女性関係云々の話とかも本当は出さない方が良かったんだろうなぁ。そういう類の全部設定考えて完璧にRPするのが本当は理想的なのかもしれない。
お互いにケーキやドリンクで一息ついたところで、彼女が質問を投げかけてきた。
「神坂さんは、どうして今の仕事始めたんですか?」
よくある質問。だが、彼女の真剣な眼差しをこちらに向けられていた。特に信念もなく始めた活動であることに若干の申し訳なさを感じた。
「妹にやってみないか、って勧められてって感じですね。本当に何の熱意や希望も抱いてはいなかったですよ。あの頃は。ただ妹が喜ぶなら――って」
「あの頃、ってことは今は違うってことですか」
「まあ、うん。今にして思うと非常に失礼極まりなかったので反省しているんだけれども。今の箱で色んな人と出会って、こんな私みたいなのを『好き』だと言ってくれる人が居て。一緒に笑い合えるような仲間が居て」
「…………」
「――返しきれないくらいの恩を受けた。だからそんな人たちやファンの人にそれを返すのが今の目標です」
今まで生きてきた中でそういう人に巡り合えたことなどなかった。初めての経験だった。どうしてこの人たちは自分を好いていてくれるのだろうか。それが未だに分からない。単純に彼らの懐が広いだけなのかもしれないけれど、私にとっては確かに『救い』だったのだ。生きるのが楽しいと思えるようになってきた。ただ毎日を生きるために感情を押し殺して働く、という生活とはまるで違う。
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