7話 初案件
5月×日
仕事が決まった。所謂『案件』というやつだ。他企業から依頼を受けて商品の紹介をしたりするのがVtuberの主な案件。今回はNOVOLさんというPCメーカーの依頼。Vを見る層には動画やゲームを好む人が多いのもあってか、ゲーミングPCなどの案件が比較的多い。今回も例に漏れずそれ。ただ、普段と違うのは自宅でなく事務所のスタジオでの配信という点である。
面接時と採用が決まった後に書類だの各種注意事項、ライバー用スマホを支給された一般企業で言うところの新人研修に当たるイベント以来なので、これが三度目になるわけだ。マネージャーの犬飼さん曰く、「持ち回りなので気負わずに」とのこと。
その言葉尻だと持ち回りでもなければ今回の件なかったんだろうなぁ……
デビュー直後の後輩や先輩達にその辺りの皺寄せが行かなかったのは幸いだ。当日NOVOLさんの方から広報担当の方――具体的に言うと『SNSの中の人』が来社するとのこと。私名刺とか持ってないんですけどぉ……? 後、スーツをクリーニングに出しとかないと。
5月×日
クリーニングに出したスーツを抱えて帰宅した私をホットパンツにキャミソールのみという色々とお説教したくなる軽装の妹が出迎えた。けしからん。かわいい。超かわいい。
「何でさらっとスマホで撮影してるの?!」
「妹の成長を記録するのは兄の務めだから」
「うっさい、消せ! で、ところで手に持ったそれは何なわけ?」
「見ての通りクリーニングに出していたスーツを引き取ってきたんだけれど」
「冠婚葬祭?」
お兄ちゃんお友達いないからそういうの無縁なんだ、マイシスター……驚くほど人と関わり合いを持たなかった学生時代――違った。社会人になってからも人との付き合い全然なかったわ。私の連絡先仕事関係と家族のみ。あれ? 私このまま行くと孤独死コースぅ?
「案件用」
「は?」
「今度案件あるから、それに着ていくやつ」
「えっ、そうなの。おめでとう。でもお兄ちゃんが正装してもガワに反映されるわけじゃないからね?」
「でも案件先の人が来るんだよ?」
「ま、まぁそうかもだけどさぁ。そこまでやる必要はない気が……」
外に着ていく上等な服がないとかではない、絶対。ホントだよ……?
5月×日
私Vtuber! 今都内某所のオフィスビルのエレベーターにいるの!
「すごいね、あーちゃん!」
「10階だし眺めも良さそう。るー、声は抑えて」
「あっ、そうだね。ごめんごめん」
あのね……エレベーターに同乗した女の子二人がすっごい聞き覚えのある声なの……いや、マジで。
ど う し て こ う な っ た
あかん。背後にいるの後輩やんけぇ?! 『あーちゃん』が日野灯嬢のことで、『るー』がルナ・ブラン嬢。声のそっくりさんでもない限りは。恐らくだが、ブラン嬢は口留めしたところでどっかでボロ出しちゃうタイプだから極力関わらない方が身のためだ。前例があるから尚更。他企業が絡んでいる今燃えるのはヤバい。加えて彼女たちにまで飛び火する恐れもある。自分一人だけならどんなに気が楽だったことか。
「もしかして事務所の方ですか?」
「え? あっ、ハイ」
日野嬢の質問に思わず素直に答えてしまう。ライバーでなく運営側の人間と認識したらしい。そら同じ階で降りるんだから、関係者であることは間違いない。スーツ着ててホント良かった。やはり社会人の勝負服スーツは偉大である。苦しい日も苦しい日も苦しい日も一緒に過ごした相方。
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