128話 打診
12月×日
「――では、またよろしくお願いします」
「いえ、わざわざお時間頂きありがとうございます」
マネージャーの窓辺さんとの打ち合わせ。まあ打ち合わせとは言っても定期的な連絡の機会というだけで、案件やイベント事がなければ世間話で終わるようなケースも多い。先日のバイノーラルマイクを用いてのASMR配信に関しては『またやりましょう。今回はネタ多めだったので次回はきちんと言ってほしい台詞とか募集してやりましょう』とのこと。私あれでも充分『きちんとした』つもりだったんだけれども。あのマイク、そもそもネタ以外で使用許可下りるのだろうか? 沢庵食べたり、アイスクリーム食べたりとか前例がほぼそう言う方向性だったわけで……
VTuberをはじめてから声は良いと褒められる事は多いんだけれども……ボイスの収録や自分の配信アーカイブで自分の声を聞くと「自分ってこんな変な声だっけ?」と言う印象を抱く。これって割とあるあるだと思うのだが、自分で喋っている時に聞こえているものと、録音したもの――即ち実際に第三者の人の耳に入っているであろう音の乖離って結構大きいと思うんだ。言われる側としては悪い気はしないし光栄なことだが、どこか釈然としないというのが正直なところである。
「ところで神坂さん、年末年始のご予定は?」
「特に何も。実家暮らしですし、配信頻度が落ちたりと言うことは無いので安心して下さい」
VTuberはバーチャルとは言うが、中の人というか演じているのは人間だ。この時期になると忙しくなるのは皆一緒だろう。首都圏へ上京している人たちはこの機に帰省。プライベートで旅行やリラックスタイムとして数日休暇を取る演者さんも多いんじゃないだろうか。
全体的に配信者が減る事を危惧しての質問なのかもしれない。配信ノルマとかはないけれど、箱の人間が一日誰も配信していないって言う事態は避けたいだろうし。私は窓辺さんに言ったとおり、実家暮らしだし特に旅行の予定も無い。何らいつもと変わりなく、いつも通りの時間帯に配信を続けるつもりだ。おせち料理の準備とかはやらなくちゃだけど、別に放送できなくなるって訳じゃないし。正月三が日にもデパートの初売り行ったり、親戚が家に来たりする程度だし。もっともその親戚襲来がちょっぴり憂鬱ではあるが。まだ付き合っている女性が居ないだとかなんだとかで色々言われちゃうのが目に浮かぶようだ。ネットで苦情投げ掛けられるよりよっぽどダメージデカイんだよ、あれ。
「配信頻度とかではないんですよ。いや、まあ、貴方の場合はもっと休んでも良いくらいなんですから」
「割と休んでますけどね」
「ほぼ無休で毎日配信してるじゃないですか……」
配信する事が既に生活の一部みたいなものなので、しない方が精神衛生上宜しくない。他の人に比べるとあれかもしれないけれど、私にとっては毎日配信してそれに対してどうだったって言う意見を見るのが好きなんだ。賛否含めて貴重な時間を割いて下さった上でのものだし、やって当たり前みたいに何も言われないより意見が貰えるだけありがたい。やり甲斐もあると言うもの。
「体調管理だけはしっかりして下さいね。本当に。どんな仕事でも身体が資本なんですから」
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