82話 スーパーチャット
9月×日
「なんだかえらいことになっちゃったなぁ」
キッチンの換気扇を掃除しながら独り言ちる。隣接するリビングでは母親が虎太郎に何故かお手を覚えさせようとしている。こうして悩んだり考え込んだりするときは、掃除など無心で出来る作業が捗る。重曹やオキシなんちゃらとかいう酸素系漂白剤が効果抜群なのだ。皆も使ってみようね。
ただ最近は業務用の油用洗剤が気になってしまっている。業務用だけに内容量が尋常ではない。4キロとか一般家庭で使いきれる気がしない。だが評判が良いみたいで凄い気になっている。流石に所属ライバーに『業務用洗剤お裾分け要る人いますか?』とか書き込むのは気が引けるし。事務所の清掃用として持ち込むのも何だかなぁ。幾ら皆があっちに私物持ち込んでいるとは言え、だ。
ちなみに柊先輩は近くのゲームセンターで乱獲したぬいぐるみやフィギュア。羽澄先輩はあんだーらいぶメンバーの同人誌を棚にまとめて置いてたり、獅堂先輩は駄菓子を大量に持ち込んでいる。常に一定数ストックされており『ご自由にお取りください』と可愛らしい丸文字の手書きポップが添えられた段ボール箱が待機部屋に鎮座している。事務所に行く度にそのポップ脇に描かれている、黒い触手を伴ったキャラクターのポージングが変化している。毎回書き換えているのだろうか。芸が細かい。
さて先述した――と言うよりも思わず漏れ出た『えらいこと』と言うのは昨日の新衣装お披露目配信の件である。同時期に新衣装を納品された月と太陽コンビを含めたリレー形式でのお披露目配信。後輩2人は1万人近くもの人を集め、誰もが絶賛する内容だった。
事前に私も見せてもらっていたが、2人とも学校に通いながらのVtuber活動を行っていると言うのは関係者のみならず、リスナーも知る周知の事実。学生と言う設定を生かして衣装のモチーフとして『制服』を選択したのだろう。ベースとなるデザインは同じだが、細かい着こなしや小物でお互いのキャラクター性を引き立たせた上、髪型の変化で新たな一面を視聴者に提供して見せた。
やはり、他の人はこういうのも戦略的に考えてたりするんだろうか。浅慮で正装とかざっくりとしたリクエスト出した私って一体……正装と言うすっごいふんわりとした依頼から出来上がってきたのは、執事服。確かにこれは正装だ。しかも大量の差分付き。ざっくり他ライバーの衣装の倍くらいあったらしい。今回は全員差分が比較的多いらしく、運営さんもえらい大仕事だったろう。でも、こういうのって外注なんだろうか?
視聴者は前枠の日野嬢の1万人から大きく数字を落として約2000人。それでも普段の私の配信より10倍近い数字であることから、新衣装の関心度の高さが窺い知れる。もっとも後輩2人の人気にあやかったリレー形式という要素も大きく影響しているのだろう。
この配信によって登録者も500人増加。1日経った今日も500人増えての合計1000人増と言うことで大変喜ばしいことである。今気にしているのはこの配信で投げられたスパチャ――即ちスーパーチャットである。投げ銭なんて呼ばれ方もする。分かり易く例えるなら『御ひねり』や『チップ』みたいなものだろうか。
31万7300円――こんなとんでもない金額を投げられてしまった。
犬飼マネージャーから、お披露目配信では普段切ってあるスパチャ機能をオンにして配信を行うように要請があり、企業所属のVtuberとして素直に従った。そりゃあ、ああ言ったものが唐突に湧いて出てくるわけはない。それを製作するにあたってかなりの人員、工数が割かれているのだから、そういう要望があるのは至極当然なわけで。しかし、こんな莫大な金額を投げてもらえるとは全くもって予想していなかった。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/9
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク