83話 浴衣★
9月×日
妹が友人とお祭りに行くということで、浴衣の着付けを母より言い付かったわけだが。その事実を知るや否や、マイシスターは心底嫌そうに『嘘でしょ』みたいな表情で後ずさりしていた。お兄ちゃんショック。でも気持ちも分からんでもない。思春期にそういうのを姉とかではなく兄に見てもらう、なんてのは中々耐え難いものがあるのだろう。
「帯の結びだけやって……」
「最初からそのつもりだよ」
母親が箪笥の奥から引っ張り出してきたのは青の生地に白い朝顔のコントラストが映える浴衣。元々母のものらしいのだが、モノが良いのか未だに使える。昨今ではこういうレトロなものも一周周ってお洒落になっている時代なので別段古臭いとかそういう風には思われないはず。いや、そもそも浴衣の柄にレトロも糞もないのか? この辺、私にはサッパリなのだが。着る当人はそれなりに気に入っているらしいので別にいいだろう。
暫く1人で浴衣と格闘する様を扉越しに聞いていると、衣擦れの音が聞こえてきてちょっとお兄ちゃんドキドキしちゃう。だが、決してやましい気持ちはない。父親の部屋から一眼レフ借りて来た方が良いのだろうか? だが昨今はスマートフォンのカメラも中々馬鹿にできない。編集や加工が容易な分下手なカメラよりも優秀なのでは。
「んー、これでいいのかなぁ」
「腰紐結んだ?」
「うん。そこはちょうちょ結びでいいから簡単だし」
とは言え、不器用なのもあってか少し皺が目立つ。帯の前段階も中々に面倒である。腰紐結ぶくらいまでは出来るようだが、『おはしょり』と呼ばれる腰当たりで生地を折り込んで浴衣の丈を調整する部分を作らなくてはならない。ちなみに現代でもよく使われる『はしょる』と言うのはここから来ているらしい。ちなみに全部動画サイトで見た知識である。実に便利。
「背中向いて」
「はーい」
背中に皺がよっていたので、それを脇と腰の方へと逃がしてなるべく背中が綺麗に見えるようにする。髪をアップにしていればうなじも綺麗に見える。流石に女性の髪のセットは経験がほぼないし。そもそも幼い頃と違い、今は髪を触らせたりとかもないだろう。髪は女の命という言葉もあるわけだし。手馴れた本人にやってもらうのが1番だ。
「帯」
「はい、これ」
男性と違い女性の帯は幾つもパターンがあるらしい。スマホを差し出し、妹が「これがいい」と結び方のリクエストを出してきた。『マリーゴールド結び』というもので、小さいリボンが2つ出来るのが特徴。初めての結び方に少々困惑するものの、昨今は動画や画像で一工程ずつ丁寧に解説してくれるのだから便利な世の中になったものだ。少々苦戦したものの、無事それっぽい形には仕上がった。事前に言っておいてくれれば練習しておいたのに。
「よし――できた」
「おー、すごい。いいかんじ」
鏡の前でぐるぐる回ってからすかさず自撮り。友人にその写真を送っているらしい。SNSとかで不用意にアップロードとかは止めて欲しいものである。私の世代はそういうの抵抗ある人が多いと思うが、昨今の若者は結構顔写真とか個人が特定できそうな情報をバンバン発信しているのを見ると、世代の違いを感じてしまう。
「どう?」
ふふん、と得意げに私の前でくるりと舞って見せるマイシスター。
「世界一かわいいよ」
「そうでしょ、えへへ」
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