85話 打開策
9月×日
「ふぅむ……」
ディスプレイの前で額に皺を寄せコーヒーを口に含みながらどうしたものかと悩んでしまう。こういう表情見られると母や妹から「皺になるよ」なんて事を言われてしまうだろう。顔は年相応だとは思うが、まあ若く見られるに越したことはない。一応他人から嫌悪感を抱かれない程度には身なりには気を付けているつもりではある。前職は営業で外回りすることもあったし、今は今でオフコラボやら打ち合わせやらで人と顔を合わせる事が多い。特に自分よりもずっと若い子たちばかりだ。それなりに気を配るべきだろう。
「しっかし、どうするかねぇ……なー、虎太郎?」
「ふにゃぁぁ」
私が問いかけると、キーボードの上で我関せずと欠伸をする虎太郎。可愛い。
何について悩んでいるかと言うと――つい先程のとある出来事が原因である。My Craftプレイ中に後輩である東雲愛莉氏がゲームにログイン。通話を繋いで会話する流れとなった。これは彼女なりの企画的なものの一環のようで、配信中の諸先輩に対して突撃して、突発的なコラボに巻き込むというものである。よもや私のような数字を持たない人間もそう言ったものの対象になるとは思いもしなかったが。
裏でも軽く挨拶交わしている程度でほぼほぼ初対面のようなものなので、会話の内容自体は特にこれといって変わったことはない。あまり深入りしすぎないように、いつもの小火にも気を配りつつ会話をしていた。会話中同期とのコラボ予定なんかを聞いたところ、彼女は同期である御影君の名前を前世の活動名である『イシカワ』とうっかり呼んでしまったのである。
御影君と彼女は4~5年ほど前からの知り合いらしく、ニヨニヨ動画でのリアルイベントでの直接面識もある程であるが故だろう。名前が咄嗟に出てしまうのはまあ仕方のない節もあるだろう。そもそもそう言う話題を振ってしまった私の方が配慮が行き届いていなかった。
その後は『イシカワって――』という彼女の言葉を強引に割り入って、石川県ネタで誤魔化そうとしたというのが流れであるが……冷静に考えるとあのままサラっと流しておいた方がよかった気がしてきた。拾って誤魔化そうとして余計に目立ってしまった感が否めない。発言後一応気を遣って、配信の巻き戻し確認機能であるDVRを即座に切っておいたがそれはそれで、『隠している』行動とも取られかねない。あの時私自身結構焦っていたのだ。それが言い訳になるかは置いておくとして。ちなみに昔よく出張で足を運んだから知っていただけである。
今回の件で私の配信アーカイブの低評価数は多いものの、再生数は滅茶苦茶回っている。1万人の記念凸待ちや、新衣装お披露目なんかよりもこの僅かな期間で追い抜いているというのは少々複雑な心持ちではあるが。意図しない動画が再生数増えたりするのはこの業界あるある。私を叩くコメントはまあ相変わらず一定割合はあるものの、それほど目立って増えたりとかはない。批判されているのは主に彼女の方である。なので、私は自身が炎上しているわけでもないのに後輩の炎上によって数字を稼いだ――みたいな状態になっている。今からでも私にヘイト向いたりしないかなぁ……
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