ハーメルン
アラサーがVTuberになった話。
86話  ソシャゲ案件

9月×日

「よっこいせ」
「じじくさい、やめてよね」
「ごめん……」

 買い物の荷物を持ち上げる私にそんなことを毒づくマイシスター。お兄ちゃんもそんなに若くはないんだよ……食生活やら運動はそれなりにしてはいるものの、やはり若いころに比べて無理が利かなくなってきてはいる。親から「いつ孫の顔が見られるのやら」と言われる度に精神に大ダメージを受ける男、それが私である。ぶっちゃけVtuberやってて批判コメントやら多少の小火やらその辺よりよっぽど堪える。その術はオレに効く、ってやつである。

 とは言え、愛しの妹と仲良くお買い物デートできて嬉しい。後でSNSで自慢してやろう。ふははは、どうだ羨ましかろう。

「今日のおやつは何? 何?」

 目を輝かせながら問われる。尻尾が付いていたら目一杯ふりふりしている様が容易に想像出来る。まだお昼もまだだと言うのに。色気より食い気と言う言葉はあるものの、御洒落に関しても私の普段着についても随分口酸っぱく言われるし、当人もファッション誌のチェックもしている。お小遣いをやりくりして、服やアクセサリー類を買っているのも知っている。それでもやはりお金と言うのは何かと必要になる。夏休み中もアルバイトをしていた。甘やかしてお小遣いでもあげたいところだが、それは本人のためにもならないだろう。ぐっと堪えて見守っていた。アルバイトだろうと社会経験ってのは将来の、未来の己の糧になる。ただ、それが上手く活かせる人は決して多くはないのだが。

「今日はクレープかなぁ。モチモチ生地にたっぷりの生クリームをのせてだな――」
「おぉお! お兄ちゃんだいすきぃ!」

 途中でクレープの販売カーを横目でチラチラ眺めていたのはしっかり見ていたので、チョイスは間違ってはいなかったようだ。お兄ちゃんだいすき。だいすき……今の録音しておけば良かった……失敗した。失敗した。失敗した。

 だが、我が愛しの妹がお兄ちゃん大好きと言った事実は変えようのない事実。この件も帰ったらファン(みんな)に自慢しなくちゃ。

「何か、今凄い変なこと考えてない……?」
「クレープの中バナナにしようか、チョコにしようかって考えてた」
「両方!」
「ちょろかわ」
「え? 何か言った?」
「なーんにも」

 ふへへへ。でも、こういうところを私以外の変な男に付け入れられたりしないかお兄ちゃんとっても心配です。マジで。

「あ、そう言えば――」

 くいくい、と私の袖を掴んできた妹の方に視線を向ける。小さなお手手で手招き。ナチュラルカラーの薄いピンク色のネイルが微かに見えた。あーちゃんと女の子してるんだなぁ、とちょっと感慨深い気持ちになる。

 面を貸せ、と言う事みたいなので少し屈んでみると周囲に聞こえないよう私の耳元で囁くマイシスター。ぞわぞわ――と背中に妙な感覚が走る。成程、これが界隈で流行りのASMRの魅力なのか。こりゃあ、流行るわけだ。

「今日夜って案件配信だったよね?」
「うん、そうだよ」
「きもちわるい、耳元で囁かないでよね」

 あ、あれぇ……? お返しに囁き返したらお気持ち表明された。だが、わざわざこの街中であえてこんな風に聞いてくる必要性はあったのだろうか。やはり、お兄ちゃんのことが大好きという言葉に誤りはなかったのでは……?

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