ハーメルン
【完結】Sorge il sole
第七話 冥約

 天界での大魔王と冥竜王の激突より数千年も前、両者は魔界で向かい合っていた。
 どちらも空を見上げ、険しい顔をしている。
 空には陰鬱な色が広がるばかり。太陽が最も強く輝く時刻のはずなのに、儚い光しかない。
「やはり駄目だったか」
「ああ。本物の太陽でなければ」
 どちらの声もただ苦い。
「我が魔力をもってしても……太陽を作り出すことはできん」
 己の力に絶大な自信を持つ青年にとって、不可能を口にすることは屈辱に違いない。
 だが、声には悔しさだけではなく、感嘆に近い響きが込められている。
 目を細める魔族に対し、竜が獰猛に唸った。
「魔界が豊かな地になるまでどれほどかかると思っている。地上に侵出するのが一番だ」
「それでは魔界に太陽の光はもたらされんままだ。地上を吹き飛ばさねば意味はない」
 地上を征服するという竜と、地上を破壊するという魔族は別々の道を歩くことになった。
 太陽の恩恵を獲得するという目的は同じでも、手段は大きく異なっている。
 そのため両者は対立することとなった。
 やがて神々への憎悪から手を組むことになるのだが、それはまた後の話だ。
「太陽に照らされた魔界の姿を見ることが……我が夢なのだ」
 言葉とともに背を向け、彼は歩き出した。


 時は現在に戻り、空気が弾ける。
 ヴェルザーが心臓を握りつぶすような雄たけびを上げつつ爪を振るった。
 尋常ならぬ速度の攻撃は空気さえも断ち切り、無数の真空波を発生させる。バーンのマントがズタズタに千切れ、肩当てが弾き飛ばされた。その下の服装は勇者達と戦った時とほぼ同じだが、不思議な光沢を放つ金属質の首飾りが煌いている。眼の紋様が刻まれており、大魔王の装飾品に相応しい精緻さだ。
 鍛え抜かれた肉体には傷一つついていないが、ヴェルザーの攻撃はこれだけではない。近距離から爪、牙、尻尾を使った連続攻撃で小さな的を捕らえようとする。速度や敏捷性ならばバーンの方が上であるため、戦力を測る程度の攻撃だろう。
 攻撃をかいくぐりバーンが手刀をふるうが、竜が翼を猛烈な勢いで羽ばたかせたため弾き飛ばされる。木々にぶつかるようにして踏み止まり、指の先から火炎呪文を放ったが、鱗に直撃し立ち上った炎はすぐにかき消された。
 顔を憤怒にゆがめつつヴェルザーが吠えた。
「その程度の炎でオレを焼こうとは思い上がりも甚だしいわっ!」
 接近戦をやめ、空に飛び上がったヴェルザーは両腕を下方へ突き出した。バーン目掛けて雷が降り注ぐ。


 彼らの戦いを空中に映し出し、見ている者達がいた。
 人間の姿をしている男と、尖った耳に真紅の眼、青白い肌の、魔族を連想させる者。
「それにしても暇だね、ジェラル。また賭けでもする?」
 楽しそうに語る青年は栗色の髪をゆらし、青い瞳を細めた。人懐っこいと表現したくなる顔には、高貴さや近寄りがたさは微塵も感じさせない。
 問われた男は赤い眼に怒気を滾らせた。
「断る! 相変わらず危機感が足りんな貴様は。もっと真剣に世界を――」
「無駄なことはやめておけ。キアロがふざけようが真面目にやろうが大して変わらん」
 説教を始めようとしたジェラルを、壁際にうずくまっていた竜が制した。竜が備えるのは深緑の鱗に、琥珀色の瞳。
 彼らはそれぞれ人間、魔族、竜の神と呼ばれる存在だった。

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