ハーメルン
【完結】Sorge il sole
第八話 持たざる者

 『それ』は無数の思念から生まれた。
 確かな体を持たぬ『それ』は長い間彷徨い続けることとなった。
 消えることのない疑問を心に抱いて。
 ――何故、何のために、私はこの身体をもって生まれてきたのだ。


 全身に包帯を巻かれている男がベッドに横たわり、窓の外を眺めていた。彼を介抱するのは黒髪の女だ。
 パプニカの城は一部が病室として使われていた。彼が病室に運び込まれてからある程度の日数が経過していたが、身を起こすことさえろくにできない有様だった。
 彼の名はヒュンケル。
 かつて国を滅ぼした罪を償うかのように激闘を繰り返した結果、全身の骨に無数のひびが入り、二度と戦えぬ体と診断されてしまった。
 力が必要な時に剣も握れぬ身が恨めしい。体を無理矢理引きずってでも戦場へ赴きたかったが、現在の自分では弾よけにすらならないだろう。
 今は回復に専念し、自分が貢献できる道を探すしかない。幾度呟いたかわからぬ言葉を唱え、献身的に介護してくれる女性、エイミに礼を言った。
 祖国を滅ぼしたにもかかわらず想いを寄せてくれる。彼女の言葉が自身を救ったこともあり、いくら感謝しても足りないくらいだった。
「オレの体が動けば……!」
 彼がそう言うたびに、彼女は冗談めかして、
「今は体を治すことに専念なさい。いつ飛び出して行ってもいいように、ルーラとトベルーラを覚えて磨きをかけているんだから!」
 と返していた。
 地獄まで彼について行くと言いきった彼女の性格ならば、たとえどこへ行こうと追いかけてくるに違いない。ルーラとトベルーラを使えるようになったのは黒の核晶を停止させる役に立てなかった苦い経験が影響しているはずだが、ヒュンケルを追いかけるという目的も大きいかもしれない。


(天界との戦いはどうなっている?)
 ヒュンケルが空を眺めると一点が光った。
 急速に光点が落下し、部屋が振動で揺れる。
「ルーラか!? 一体何が――」 
 必死で光を見詰めると、その中心に天使がいることがわかった。仮面をつけ、金色の髪をなびかせながら佇む様は絵画から抜け出したように美しい。袖や裾が広い、ゆったりとしたデザインの装束も、天界の住人に相応しい優美さだ。白地に金糸で刺しゅうが施されている。サーベルにも見事な細工が施されている。
 一方、呪文に巻き込まれて墜ちてきた男は黒い鎧に身を包み、武骨な大剣を握っている。胸の中央に埋め込まれている青い宝玉は血に濡れていた。そこから馴染みのある気配を感じたためヒュンケルは凝視した。
 天使オディウルは光の闘気を刀身に込め、凄まじい速度で剣を振るい、黒い騎士を追い詰めていく。
「どうした。その程度か?」
「ちっ……!」
 防御に回ったミストは城の結界近くまで徐々に後退した。
 オディウルは結界を見ると満足げな形に唇を吊り上げ、サーベルを振るう。結界は軋む音を立てながらも刃を弾いたが、オディウルの背から光を帯びた無数の羽が撃ち出された。
 耳に痛い音を響かせて、結界が粉々に砕け散った。
 天使は、戦う力や敵意の有無に関わらず、目に映る全てを滅ぼそうとしている。
 翼と光の闘気を絡めた攻撃にミストの体が軽々と吹き飛ばされ、壁に激突した。建物を紙のように切り裂きながらオディウルとミストは移動する。悲鳴があちこちから響き、あっという間に城内に混乱の叫びが巻き起こる。

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