独白 破
…さっきより天気が悪くなってきた。台風になるかもしれない。
カーテンの隙間から少しだけ外を覗く。夜凪さん達の枕投げを断って来たのは、恋歌ちゃんの部屋だった。
急な訪問にも彼女は対応してくれて、珈琲を入れてくれた。
「ありがとう」
彼女はお喋りだ。夜凪さんは勿論、あらゆる人と喋る。でも本当に彼女が捉えているのは夜凪さんだけだ。盲目的なまでに夜凪景を信頼している。それが気に食わない。
彼女の演技を何度も見た。何度も繰り返し見て、気づいた。彼女は私とも違う。夜凪さんとも違う。歪で異常な進化を遂げつつある。私が出来なかった王賀美陸と同等の力を身につけようとしている。それが気に食わない。
彼女の笑顔が離れない。あの水族館で見た笑顔が脳裏から離れてくれない。最初は激しい怒りから始まった。次はよく分からない気持ち。その次は気持ち悪くなるくらいの嫉妬と……。とにかく気に食わない。
取り敢えず演技をするにはこの気持ちに整理をつけなければならない。夜凪さんと恋歌ちゃんにかき混ぜられたこの気持ちを。でも、思考は徐々に乱れていく。
私は後悔していない筈だ。スターズの看板、“天使”として頑張って来た。リスク管理を完璧に行って、作品を良くして、利益を出してきた。“仮面”を被る時だって、作品の為だった、スターズの為だった。
私は可哀想なんかじゃない。数ある女優の中でも私を選んでくれる人々が居る。この綺麗な“仮面”を求めてくれる人達が居る。“天使”は常に誰かに愛されているのだから。
私は日本に居る役者の中でも、トップで無ければいけない。スターズを支えなきゃいけない、作品がおかしな方向に捻じ曲がらないよう修正しなきゃいけない。それが私の役だから。
私は…私には女優しか無い。独りは慣れている。女優になる事で独りになるならそれでいい。
本当に?それを嫌だって思ったことは本当に無いか?少しでも重いと思ったことは無いか?過剰な期待に吐き気を抑えて撮影したことは無いか。
おもい、つらい、たすけて、ももしろちよこってだれ、つらい、たすけて、おもい、ももしろちよこ、てんし、ずきれんか、きらい、いかり、しっと、■■、よなぎけい、ふみこまないで、せおわなきゃ、やくをえんじなきゃ、こころはいらない、わたしはじょゆうだから重くないおもくないオモクナイ。うん、重くない。辛くも無い。
大丈夫?と恋歌ちゃんに話しかけられて肩が跳ねる。思考の海に沈んでしまっていたようだ。今日の私の演技について少しだけ話す。彼女にも、夜凪さんのように“仮面”が崩れれていくように見えたらしい。本当に彼女たちは嫌いだ。そうやって私の努力の結晶に容赦無く素手で触れてくるから。
「恋歌ちゃんは、私の“仮面”を壊そうとしないんだ」
「…」
無言。口を開こうとして、閉じる。それを数度して。
「それは私の役じゃ無いから」
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