ハーメルン
銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)
1. 出会いの話
今年も次第に終わりが近付いて、季節は冬に差し掛かった頃。
俺の帝位戦も恙無く終了して、年の瀬である12月に入った頃の事。
「……ん?」
ふと上を見上げてみる。
すると目の前にあるのは見慣れたマンション、ここ最近何かと訪れる機会の多い場所。
「……ってあれ? なんでここに居るんだっけ?」
はて──と、俺こと九頭竜八一は首を傾げる。
何故自分がここに居るのか。ここまでどうやって歩いてきたのか。
そんな当たり前の事が思い出せない。というか俺……さっきまで何してたんだっけ?
……駄目だ、どうにも思い出せない。
他の事は何一つ忘れていないと思うんだけど、今日の日の記憶だけが上手く繋がってくれない。
……ううむ、なんだか極軽度の記憶障害にでもなった気分だ。
「……ま、いっか」
対局中ならいざ知らず、考えても分からない事を悩み続けていたって仕方が無い。
すぐに俺はパッと思考を切り替え、足を踏み出してそのマンションへと歩き始める。
何やら頭の中がスッキリしないけど、でもこの状況にあっては大した問題は無い。
だって俺がこのマンションに来る理由なんて考えなくてもおよそ一つしかないだろう。
何故ならここにはあの部屋が──姉弟子が研究用にと購入したあの部屋があるのだから。
エントランスを通過して、エレベーターを使用して八階まで。
廊下を進んですぐの所にある801号室。そこは俺と姉弟子が日々研究会を行う部屋だ。
──そう、真面目な研究会を行う場所だ。
実力を認めた者だけが参加する事を許され、時に互いの研究成果を披露する事だってある、棋士にとってはそりゃもう神聖な場所なのである。
……ただまぁ、なんというかその……あれだ。
そうして研究会をしている間、誰にも邪魔されず二人っきりになれる場所でもあって。
ついでに言っちゃうと……ちょっとした逢瀬を楽しむ場所でもある、かな? なんて。
「……ん? なんだこれ?」
とその時、俺はある事に気付いた。
その玄関ドアにあるドアプレート。その表示がなにやらおかしな事になっている。
本来『801』と書かれているはずのそこには、くっきりとこう書かれていたのだ。
『銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの部屋』
「……はぁ? 銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの部屋?」
思わず声に出して読み上げてしまった。
いやなんだこれ。なんのアピールだ?
そりゃ姉弟子は可愛いけどさ、そんな事をわざわざ玄関のドアプレートに書くか? 普通。いや普通は書かない、普通じゃなくても絶対に書かない。
というかこれって……姉弟子が自分でやったって事だよね? なんせ自分んちの玄関だし。
だとするとこれは……。
「ヤバいな……これは相当にキてるぞ……」
地獄の三段リーグを勝ち抜いて、めでたくプロ棋士となって以後。
それが女性初の快挙だとか、そもそもあのビジュアルの持ち主だという事もあってか、ここ最近世間での空銀子フィーバーは凄い、というかエグい。
元から姉弟子の人気は凄かったのに今やそこに拍車を掛ける勢い。その熱狂ぶりは昇格の日から三ヶ月近く経った今でも全く収まらず、プロとしてその需要に応えるかの如く、姉弟子のスケジュールは連日怒涛の取材ラッシュ。
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