第3話:9月
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起床した朝永は部屋の窓を開けた。涼風が頬をくすぐる。セミの声は消え、夏が過ぎ去ったことを感じさせた。九月になってようやくの、月に一度の休日だ。
朝永はテレビのスイッチを入れた。
『……昨日の朝、玄関先で人が倒れているという近所の住民からの通報がありました……』
男のアナウンサーがこの近くの町の名前を告げる。どうやら自宅で男が心臓にナイフを突き刺された事件らしかった。関連してその家に住む少女が郊外の荒地で保護されたという。
少女、と聞いて朝永の体がこわばった。だがテレビの情報から伝わる少女の年齢を聞いて安堵する。九歳の子供だったからだ。
自分は一体何を考えているんだろう、と朝永は自分自身に呆れたように呟いた。
それほどまでに、あの夏の日に遭遇した少女のことが頭にこびりついて離れないのだろうか。
確かに、会いたくないと言えばうそになる。だが自分でもその理由がわからない。
朝食を摂ろうと冷蔵庫を開ける。ところが、ろくなものが入っていない。人間の手でも入っていた方がましな状態だった。
大きくため息を吐く。昨日、帰りがけに買いこんでおかなかったことを後悔していた。
「六時半か……この時間だと駅前のコンビニまで繰り出すしかないな」
久しぶりの休日なのだ。気晴らしに外へ打って出るのもいいだろう。
そう考えた朝永は着替えを済まし、外出用のジャケットに手を伸ばす。すると左側のポケットに固い感触があった。それは最近購入したばかりの、折りたたみ式の携帯電話だった。
朝永にとって、携帯とはあくまで他人との連絡に使う道具に過ぎない。便利なものではあるが、特に思い入れはない。時々こうして置き場所を忘れてしまうのもそのためだった。
一階の部屋に鍵をかけアパートの外に出る。
駅の方角に目をやると、住宅の合間を一直線に横切る高架が見えた。その少し先に立派な駅ビルがそびえ立っている。いつも通勤に使う駅がそこにあった。
道なりに向かうと賑やかな通りが姿を現した。そこは駅の裏手の商店街だった。さっそくコンビニに立ち寄ると、最近のトレンドらしき曲が流れてくる。雑誌コーナーには立ち読みの客が数名。
店の奥にある百円コーナーで目にした商品のパンをいくつか購入する。五パーセントの消費税が余分な小銭を要求するようで少し腹が立った。
コンビニを出たところで朝永はふと足を止め、通りに目を向けた。
商店街の通りは駅に向かう人で賑わっている。その中にかなりの割合で秋物の制服を身にまとった学生が足早に歩いていた。近くにあるM高校の生徒だろうか。今日は平日だ。彼らは学校に向かっているのだろう。
朝永はその光景をじっと眺めていた。
そのうちに、ある考えが頭をよぎった。
あの日出会った少女も彼らと同じくらいの年頃だっただろう。
もし彼女が学生なら、八月はきっと長期休日の最中だったに違いない。とすると、少女もまた、夏休みの一日を使って、あの駅からどこかに出かけるつもりだったのかもしれない。
逆に考えると、彼女はこの近辺に住んでいるのではないか。
朝早くからプラットホームに立って電車を待っていたのだ。別の電車から乗り継いできたわけでもないだろう。なにしろ乗り換え路線のない駅だ。
S山方面の別の駅から来たところ、目的地を乗り過ごしたことに気づき、あの駅で引き返す途上にあった可能性もあるだろう。しかしこれも特殊なケースであることに変わりはない。やはり、あそこが彼女にとっての最寄り駅と考えた方が無難だ。
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