ハーメルン
まほうつかいのおしごと!
#001 将棋が結ぶ縁

 もしも生まれ変わったら。なんて益体もない妄想に囚われた経験が、誰しも一度や二度はあるだろう。子供の頃、もっと頑張っていれば。あの時、別の選択をしていれば。無意味と理解はしていても、そうした願望を捨てきれないのが人間だ。

 彼もまた、昔に戻れたら、と後ろ髪を引かれる事が度々あった。

 その時に思い浮かべるのは、いつだって将棋の事だ。小学六年から始めた将棋は、幸い才能があったらしく、大学卒業を前にプロ棋士の肩書きを与えられるほど。しかし、だからこそ、もっと早くに将棋と出会えたならばと、後悔の澱が胸の奥に溜まっていた。とはいえ所詮は戯言に過ぎず、己の未練がましさを鼻で笑うしかなかった。

 ――――――実際に生まれ変わってみるまでは。

 いつ死んだのか、なぜ死んだのか。そんな事は記憶の片隅にすら残っていなかったけれど、ベビーベッドから母親を見上げる赤子は、当然のように自身の前世というものを認識していた。そこに混乱がなかったと言えば嘘になるが、現状を受け入れてしまえば、彼の興味はあっさりと将棋に移ってしまった。彼は将棋バカと呼ばれる人種なのだ。

 今生では御影(みかげ) (みなと)と名付けられた彼の将棋人生は、少なくとも初めて将棋を指すところまでは順調だったと言えるだろう。前世で培った将棋知識はなんら欠ける事なく残っていたし、自分が指した棋譜だって細部に到るまで思い出せた。脳内将棋盤でかつての将棋人生をなぞってみれば、これが同じ人間かと驚くほどに新たな妙手が思い浮かび、何手先でも見通せそうなほど読みが冴える。未だ両親と自宅の中しか知らぬ身であっても、その目に映る未来は明るく感じられた。

 初めて実物の将棋に触れられたのは、三歳の誕生日でもある元旦のこと。新年の挨拶に赴いた祖父の家には、随分と立派な将棋盤が置いてあった。無邪気を装って興味を示せば、祖父は嬉しげに反応する。話の流れでルールを教わり、今生での初対局に臨んだ彼は――――――、

 その日の夜に、プロ棋士の道を諦めた。

 昼の対局は勝利を収めたし、祖父には才能があると喜ばれた。そこだけを切り取れば想定通りの結果であったが、問題は対局内容で、それを指した彼自身だ。どうにも自分の頭が可笑しくなっていると、何度か繰り返した対局の末に、彼は認めざるを得なかった。

 端的に言ってしまえば、異常としか言えない能力が備わっている。

 一つは将棋の棋譜がわかる能力。自分が望む条件に見合ったあらゆる棋譜が、瞬時に頭に浮かぶのだ。対局中なら勝利に繋がる無数の手順が思い浮かぶし、より優勢で勝ちやすい手順がどれかも把握できてしまう。およそ人間では処理しきれない情報のはずだが、何故か理解できるのだ。

 一つは相手の読みがわかる能力。現在の盤面に対して、相手の考えている読み筋が読めるというもの。無意識レベルすら読めてしまう上に、それらのどれを重視し、どれを軽視しているのかまで伝わってくるのだから、将棋限定の読心能力と呼んでも差し支えないだろう。

 およそ神の戯れとしか思えない超能力の類で、どちらか一つでも強力に過ぎるのに、合わされば無敵と言っても過言ではない。相手の構想に合わせて、最も勝ちやすい手順を選ぶだけ。自分では何も考えずとも、異能に従って棋譜を並べれば、それだけで勝利は約束される。

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