ハーメルン
まほうつかいのおしごと!
#011 一斉予選

 夜叉神天衣。その名前が将棋界で騒がれ始めたのは、ごく最近の事だ。

 始まりは四ヶ月前、史上二番目に幼い小学生名人として。画面映えする可憐な容姿に、少し前に話題となった九頭竜四段の記録超えという事もあり、それなりにメディアを騒がせた。それでも、言ってはなんだが所詮は小学生名人だ。将棋界での注目度は低かった。

 本格的に注目を集めたのは一ヶ月前、史上最年少でのマイナビ女子オープン予備予選突破から。女流棋士を相手に無傷の四連勝を果たし、メディアと将棋界の双方に確かな存在感を示した。対局相手の実力はさて置き、将棋を生業とする大人より強いとなれば話題性は高くなる。

 女性棋士の中で最も実力があり、人気が高いのは空銀子だ。未だ女流棋戦は全勝無敗で、近頃はテレビ取材を通して『浪速の白雪姫』という通称が広まった事もあり、一般での知名度も鰻登り。その後釜に座る将来のスター候補だと、夜叉神天衣は目されている。

 あるいはこのまま勝ち進み、早過ぎる世代交代が起こるのではないか、とも。

 馬鹿々々しいと、月夜見坂(つきよみざか) (りょう)は考える。将棋は才能の世界だと痛感しているし、夜叉神天衣が天才である事も認めよう。だが空銀子は言い過ぎだ。自身も辛酸を嘗めさせられた最強の女王は、易々と手が届く存在ではない。それを引き合いに出し、無責任に騒ぐ連中が気に食わなかった。

 将棋を軽く見られたようで、空銀子を甘く見られたようで、そんな奴らには冷や水をぶっ掛けてやりたい気分になる。女流玉将として、女流タイトル保持者として、燎はそう考えていた。

 だからマイナビ女子オープンの一斉予選で、夜叉神天衣と同じブロックになった時は感謝した。自分が倒すと、馬鹿どもが勘違いする前に幕を引いてやると、そう意気込んだのだ。

(くそっ、なんで……!)

 一斉予選二回戦。本選出場を決するその戦いで、燎は顔に苦悶を滲ませていた。相手は望み通り夜叉神天衣。一回戦の女流棋士を難なく沈め、当然とばかりに戦いの舞台に上がってきた敵だ。

 間近で見れば、余計に際立つその幼さ。生意気そうな見た目とは裏腹に、その指し回しに驕りはない。『攻める大天使』の異名を誇る燎の猛攻を、焦れる事なく受け流している。

 本局、自身が得意とする横歩取りから、燎は激しい急戦に持ち込んだ。攻撃的な早指しは彼女の持ち味であり、相手のペースを奪って一方的に攻め立てる。並大抵の女流棋士ならわけもわからず敗北するし、女流タイトル保持者だろうと、一部を除けば容易には凌がせない。

 だというのに夜叉神天衣は、涼しい顔で彼女の攻めをかわし続けている。

(こんなはずじゃ――――ッ)

 小学生名人の棋譜を調べた時、燎は夜叉神天衣に勝てると思った。たしかに強い。七年前、当時小学五年生だった燎が、小学生将棋名人戦で敗れた八一よりも、もしかしたら強いかもしれない。だがあの頃よりも力を付けた自分なら、十分に降せる相手だと判断したのだ。

 マイナビ女子オープン予備予選の棋譜を見て、燎は些か不安に駆られた。小学生将棋名人戦から三ヶ月、明らかに強くなった夜叉神天衣の棋力は、今の自分にさえも届き得る。それでも、まだ、負けるほどではない。勝機は我に有りと、彼女は考えていた。

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