#004 いつかの約束
天衣が湊に弟子入りしてから、およそ二ヶ月の時が過ぎた。
とにかく強くなりたいという天衣の希望に応えた湊は、彼女の世話係である晶とスケジュールを調整しながら、毎日のように夜叉神邸を訪れている。天衣が小学校から帰宅した後の三時間が指導時間で、指導の流れは二ヶ月の間におおよそ固定されていた。
最初の一時間は『学習』だ。日毎に湊がテーマを決めて、将棋盤を挟んで意見を交わす。基本は天衣の見解に湊が補足や訂正を加える形だが、時折、湊の方から質問が飛ぶ場合もある。そういう時は見落としを指摘する意図があるので、ついつい天衣はビクリとしてしまう。
次の一時間は『復習』を行う。以前に『学習』で扱ったテーマを元に局面を用意し、設定された目標達成を目指して湊と将棋を指すのだ。当初は一面指しだったが、現在は三面まで増え、同一のテーマで異なる局面を並行して進めるようになっている。
最後の一時間は『実戦』となる。持ち時間十分のVSを行い、天衣は制限なしの全力で師匠に挑む。湊は一局毎にガラリと棋風を変えてくる上に、どんな手もノータイムで応じるため、天衣は必死になって喰らい付かなければならない。
いずれの時間も二十五分の指導と五分の休憩を一セットとし、前半後半の二セットに分けて構成されている。基本的には一セットで区切りを付けるように進められるが、時間が足りなければ次のセットに持ち越しだ。その場合でも休憩に入るタイミングは変わらないし、一時間で二回の休憩は散歩と瞑想を行うように決められている。
天衣としては学校の授業以上にキッチリした時間管理に辟易する気持ちはあったし、指導時間をすべて将棋に使いたいと文句を溢した事もある。それでも素直に従うようになったのは、いくつかパターンを試した湊が、確信した様子でこれがいいと決めたからだ。
わずか二ヶ月の付き合いではあるが、師匠は人の心が読めるのではないかと、天衣は半ば本気で疑っている。『学習』でも『復習』でも彼女が意識できていないところを的確に指摘してくるし、逆に理解が十分なところは欠片も触れない。教える時だって天衣が理解しやすいところから順番に教えているように感じられ、現在に至るまで内容の咀嚼に困った覚えはない。
実際は対局内容や天衣の様子から推測しているのだろうが、湊が弟子の状態をよく理解しているのは確かだ。そんな彼が最も集中できると言うのだから、安易に否定はできなかった。
「――――けどやっぱり、変なものが見えてるわよね」
既に日も暮れて、随分と月が高く昇った頃、天衣は自室で机と向かい合っていた。手元には紙と鉛筆。軽やかに指を滑らせる彼女の目には、呆れと関心が入り混じっている。
湊が帰った後は自由時間とされている天衣だが、基本的にやる事はルーチン化していた。夕食を挟んで小学校の宿題を終えれば、残りはすべて将棋の時間だ。湊が作成した詰将棋集を解いたり、プロ棋士の対局を観戦する他に、ネット将棋を指す事もある。その日によってやる事は様々だが、就寝前だけは、湊と指した棋譜を作るように言われていた。
その日に学んだ内容を振り返り、改めて自分の中で整理してから寝る。そうすれば身に付きやすいと教えられて習慣化したのだが、今となっては天衣の密かな楽しみとなっていた。一日一日、たしかに天衣は学んでいる。ちゃんと前へ進んでいると、実感できるこの時間が好きだった。
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