第九話 思い、偲ぶ
「────ねえ、お父様。どうして私には霊の声が聞こえるの?」
旅の準備をする男に、幼い少女が問う。それは、純粋な疑問だった。
「……!」
少女にとってはごく自然なことだが、彼にとってそれは驚くべきことであった。その告白に驚愕の表情を見せる。父の反応を見た娘はたちまち罪悪感に駆られた。
「そうか……」
驚いた表情でありながら、その声は非常に穏やかであった。父は娘の言動に怯まず、優しい言葉をかける。
「大丈夫、それは怖いものじゃないよ」
肯定を示し、頭を撫でる。それが嬉しかったのか、先程まで不安げな様子だった少女は笑みを見せた。互いに互いを愛していることが伝わってくる。
「それじゃあ、良い子でお留守番しているんだよ」
「うん!」
和やかな雰囲気の中、父は旅立った。娘は手を振って父を見送った。互いに再会を願って。
────しかし、その約束が果たされることはなかった。翌年も、その翌年も、またその翌年も。どれだけ季節が巡れど、父は帰って来なかった。
※※※
────夢。幼い少女と父の別れ。父は昨日の夢に出てきた年老いた男で、一方の少女は自身と同じように霊を見ることができる。これは明らかに繋がっている。このような夢を見る理由は依然として分からない。だが、間違いなく意味はある。恐らく何かを伝えようとしている。きっとこの先も見続ける可能性は高い。
「────義徳!」
ぼんやりしていると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。その声は不安げな感情が含まれていた。徐々に五感が冴えていき、ゆっくりと目を見開く。そこには。
「幽々子さん、それに母さんも……」
「義徳!」
目に映ったのは幽々子と静。意識を取り戻した彼を見るなり二人は安堵し、胸を撫で下ろす。
「大丈夫? 貴方、私と話してる途中で急に倒れたのよ?」
直前の記憶を探る。公園で幽々子と会話をしたのが最後の記憶だ。その間から今までの記憶が一切無い。彼女の言う通り、倒れたのは事実らしい。周囲を見てみると、自身が自室のベッドで横になっていることに気づいた。
「何の前触れも無く倒れるなんて、一体どうしたの? 私も幽々子ちゃんも心配したんだから」
「ここ数日は動きっぱなしだったから疲れが溜まってたのかな。よく分からないけど。あはは……」
静に対して、不調でないことを示すために義徳は笑ってみせる。実際、彼本人の身体に異常は無い。倦怠感も特に感じていない。至って健康である。故に、違和感を感じずにはいられなかった。
「とにかく今日は休みなさい。親として、子どもに無理をさせる訳にはいかないから。特に貴方のように無理をする子にはね。拒否権は無いわ」
今は色々と考える時間が欲しい。一度情報を整理し、これからのことを考えなければならない。静の提案は、義徳にとって好都合だった。拒否する理由は無い。
「それじゃあ幽々子ちゃん、義徳のことは頼んだわ~」
幽々子の肩をポンと叩き、静は「見たいドラマが溜まってるのよ~」と言って部屋を後にした。先程の真剣な雰囲気は鳴りを潜め、いつも通りの呑気な状態に戻っていた。
義徳は身体を起こし、幽々子の顔を見る。すると彼女はぎこちない笑みを浮かべて。
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