由比瑞乃は長い昏睡から目覚めた翌日、忽然と姿を消した。ベッドの上には妹から贈られたオレンジ色の髪紐が残されていた。
由比家は警察に捜索願を届け、鶴乃を始め瑞乃と近しい魔法少女たちは総出で神浜中を探し回った。しかしいくら聞き込みをして、魔力を探って回っても成果はなく、ただただなぜ、どうしてと少女たちは繰り返すようになった。そのうち神浜市内からキュゥべえまで姿を消したが、誰も知ったこっちゃなかった。
そんなある日、失踪から一ヶ月経った頃のことだ。
どこか暗い雰囲気の漂うみかづき荘に、一本の電話がかかってきた。
『もしもしやっち? 私だよー』
やちよは受話器を握りつぶしそうになった。あふれでる感情と言葉を必死で抑えつけながら、震える声で対応する。
「今、どこにいるの? 身体は大丈夫なの?」
『ごめん、どっちもなんとも言えないって感じ』
「なによそれ……」
『やちよ』
聞いたことのない真剣な声音で、瑞乃は親友の名を呼んだ。やちよは呼吸が止まり、次に考えていた質問も文句もすべて吹き飛んでしまった。
その空白にねじ込むように、瑞乃は告げた。
『一生のお願い。鶴乃を一人にしないであげて』
何を言い返す暇もなく通話が切れ、やちよはゆっくりと受話器を置いた。一番そばに居なきゃいけないのは、あなたでしょうというつぶやきは、誰にも聞かれることなく空気に溶けた。電話台の前にへたりこんだやちよは、後からやってきたももこに助け起こされるまで動くことができなかった。
『私はお姉ちゃんを信じてる!』
件の妹、鶴乃は表面上とても元気一杯だった。瑞乃が寝込んでいる間に猛特訓を重ね、チャイナにカブれた父親と母親、祖母と共に人気店の万々歳を回している。学校では友だちも多く、勉強では常に学年で一番、体育ではヒーローじみた活躍をするスーパー少女として大人気だった。
けれどやちよたちは、そんな鶴乃を見ていられない。
『えへへ……お姉ちゃん……』
鶴乃はやちよとみふゆの前でだけ、魂の抜けたような顔を見せることがある。手首には瑞乃が愛用していた髪紐をミサンガのように巻いており、それをじっと見つめながら、うわ言のようにお姉ちゃんと繰り返すのだ。
鶴乃はきっと瑞乃が戻ってきてくれると信じている。それでも生まれたときから、ともすれば両親よりも深く懐いてきた最愛の姉を失って、平気なはずがなかった。やちよはみかづき荘チームの一員かつ大切な友だちとして鶴乃に寄り添い、けっして一人にしなかった。
親友の失踪と、それに傷つく鶴乃とやちよ。これを受けて独自の調査を進めているのは、梓みふゆだ。
「ここが噂のポイントですね……」
神浜市内、北養区の山のふもと。駅にほど近いここには業務用スーパーも経営しており、買い物客の波ができている。みふゆは触角アホ毛をレーダーのように動かしながら、スーパー周辺の雑踏に瑞乃の影を探した。
みふゆは神浜市内に根付く噂話に目がない。都市伝説じみた噂をフィールドワークで集めて回り、神浜ウワサファイルにまとめるほどのオカルトフリークだ。いつかのやちよと瑞乃が河原で盛っていたことも、フィールドワークの聞き込みから得た情報だった。
その情報網に引っかかったのが、『マギウスの翼』と呼ばれる秘密組織だ。
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