ハーメルン
ゴーストフロントライン
2063年 2月1日 06:59 UMP40

病み上がりの子は「自分はもう十分寝たから」とあたいにベッドを譲ろうとする。それをうまく丸め込んで寝かせる。献身はね、自分が健康でないとやっちゃダメなんだ。あたいはベッドサイドに座って、笑った。この子の緊張がほぐれたみたいでちょっと笑ってくれた。ストーブのそばにまだ薪は用意してあるし、けっこう暖かい。これなら少しくらいゆっくりしても大丈夫。
「まだ寝ていなさい」
「えっ、でも」
「いいんだよ。あのね、おしゃべりでもしようか」
「はい。私が話せる範囲であれば」
そしたら、子供は丁寧に自己紹介してくれた。コツコツ努力して、小さな町の教会から推薦を貰って学校を特待生で入学。その後は飛び級卒業して、グリフィンに就職。また努力して、褒賞を貰って転勤の途中だと。
「そうなんだね」
「そうです」
彼女の首から下げた身分証。指揮官や上級職に就いた者だけに支給されるやつ。それは通信機であり、カメラや物によってはGPS機能までついた高性能機器でもある。指揮官レベルだと、身分証兼カメラ通信機くらいの簡易的なやつだったはず。
「えらいね」
「それしか、食べていく方法を知らなかっただけです」
この子が純粋なことを悪用して、身分証をみせてもらうついでにこっそり諸々にアクセスした。まごうことなき、本物だった。グリフィンはこんな幼い子を酷使する企業にまで堕ちたのか。いや、この世界自体が腐り落ちている。仕事さえできればそれでいい。不要になれば、人間でもすぐに始末するのが企業、か。
「なんて読むの?」
この子の名前の欄だけ、読めない言語だったから聞いてみた。身分証内の言語、英語以外に言語選べたんだ。知らなかった。
「保関(ぼせき)すみれです。谷村が姓ですみれが個人名。すみれの花って意味なんですよ」
「かわいい名前だね」
「ありがとうございます」
もじもじしててかわいい。45とは違うかわいさにきゅんとした。ちっちゃくて、あったかい手を握ってあげると握りかえしてくれた。そういや、45と手を繋いたことってなかったな。もっと45に色々してあげれば良かったと、後悔だけが浮かび上がる。
「かわいいね」
小さな頭をさらに撫でると、ふにゃりとした笑顔を見ることができた。すっごくかわいい。45とは違う、守らないとって思わせるかわいさにメロメロだよ。
「おなかすかない?」
「ふぇ?」
びっくりした表情もかわいい。相当びっくりしてるみたいで、こてんと首を傾げてる。
「かわいい」
世話を焼きたい思いで顔を覗き込んだ。そしたら、服からちらっと見える肌にうっすら骨が浮き出てて怖くなった。まともに暮らしてた子供がこんな状態になるまで一人でいて、よく無事だったな。さらに頭を撫でた。かわいい。
「期限ギリギリの食料がたくさんあるの」
「その。私はおなかすいてないので」
「一人じゃ、無駄にしちゃうから。ね?」
私が瞳をうるませると、すみれはとっても申し訳なさそうに頷いた。そうでもしないと、この子は食べないでしょ。
「キャンディにキャラメルもあるよ」
「甘い物は食べ慣れていないので、私はいいです」
なんだとぉ?よっしゃ、あたいが年に一度はケーキを食べられるくらいの生活にしてやろう。
「塩味のクラッカーは?」
「まあ、それなら」
「あーん」
大げさに小さく分けたクラッカーを口元に持っていくと、笑ってくれた。
「私、もう子供じゃないです」

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