女狐
ヒーロー爆心地こと爆豪勝己こと緑谷出久は、この日朝っぱらから二日酔いに苦しんでいた。
「う゛~、頭痛い……。飲み過ぎた……」
記憶がなくなるほどしこたま呑んだのは何年ぶり……いや下手をすると学生以来か。幼馴染曰くヴィンテージもののワイン、これがまた実に美味で、勧められるまま呑んでしまったのである。
(まさか、かっちゃんとサシ呑みする日がくるなんてなぁ……)
最悪に近い関係だった少年時代には想像したこともなかった。しかもかなり朧気な記憶だが、色々なことを愚痴っては相手が真面目に応じてくれていたような気がする。あの暴君が!ああ見えて結構面倒見良いんだぜとは親友兼相棒の切島鋭児郎の言葉だが、自分は間違いなく適用外だと思っていたのに。
と、噂をすればの男がドアノックとともに入室してきた。
「はよ~っす」
「あ……おはようございます、切島さん」
人好きする笑みを内輪でも崩さないこの漢気ヒーローは、昨日ハードな任務をこなしてきた疲労を感じさせない。ほんとうなら今日くらいは休息してもらうべきなのだろうが、やはり所長がこんな状態なので事務所No.2である彼にどうしても皺寄せがいく。
「昨日の討論、録画で観たけどスゲー良かったぜ!ホントありがとなぁ、緑谷さん。バクゴーのためにあそこまでやってくれて」
だのに、こうして手放しに褒めてくれる彼は勝己のマイナス面を帳消しにして余りある善人に違いない。
「事件が解決したら、アイツに温泉でも連れてってもらおうぜ。俺と緑谷さんと、活真と四人でさ」
「ええ……僕まで連れてってくれるかな?」
「俺らがダメとは言わせねえって!」
ひとしきりからから笑うと、切島は抱えた書類をデスクの上に置いた。
「っとと、忘れるとこだった。これ昨日の任務の報告書、読んどいてくれな!」
「あ……はい、わかりました」
文書のやりとり。世間一般のヒーローのイメージとはかけ離れているかもしれないが、プロヒーロー即ち国家公務員である。管理組織であるヒーロー公安委員会に対して定期的に活動報告を行うことが義務付けられている以上、これもまた必要な任務だ。あのオールマイトでさえ裏ではそうした地味な仕事をしていたと考えると、不思議というか解せない気分になるのだが。
「そういえば今日、かっちゃんと活真くんは?」
「あー、活真は今日休み。バクゴーは……なんだろうな、何か野暮用があるっつってたけど」
「終わったら来るんじゃねーかな」と、切島。そうですかと聞き流しつつ、出久はどこか胸騒ぎを覚えていた。昨夜質された、元恋人のこと。終盤はすっかり酔わされていたのでほとんど記憶もないが、それにかこつけて色々としゃべってしまった。妹分、と勝己は言っていたが。
(まさか、な……)
真幌との関係は、もうとっくに終わったことだ。勝己にしたって、こんな黒歴史のような存在が妹分にくっついているのは業腹だろう。
だから、勝己が何かアクションを起こすことなどあるわけがない。そう思っていたがゆえに、まさか今晩あんなことが起こるなんて思ってもみなかった。いやそれは、勝己自身にだって同じことだったのだが。
*
その爆豪勝己は、大勢の行きかう駅前で人を待っていた。これまで中学校とヒーロー事務所の往復生活だったためずっと適当なワイシャツ姿でいたのだが、今日は私服である。出久自身の手持ちはセンスの欠片もないことが予想されたため、自分のもっている服からこの身体に比較的似合いそうなものをチョイスしてきたつもりだ。まあひょろっちくいかにもナードチックな男であるが、案外スタイルは悪くないのでまあまあ見られる姿になっているだろう。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク