糸口
久しく感じていなかった人肌、骨ばった感触。
これはいったい何が起きてるんだろうと、半ば現実と解離した頭で緑谷出久は思った。
「出久……。やっぱりわたし、あなたのこと諦められないよ……」
耳許で囁くのは、少し前まで交際していた年下の女性……頭ではそう理解している。では何故、出久は身を硬くしてぴくりとも動かないのか。
その答は極めてシンプル、彼女──島乃真幌は今、アラフォーヴィラン・死柄木弔と入れ替わっているからである。つまり有り体に言って、オッサンに抱きしめられている状況。肥っていないぶん、男特有の筋ばった感触が生々しい。
当人でさえそうなので、傍から見る者たちはそれこそ怨霊でも見たかのような表情を浮かべていた。
「……この絵面はヤベェだろ……色んな意味で」
「……同感です」
いい歳した男同士が……というのもあるが、最大の問題はふたりの"外身"が深い因縁をもつヒーローとヴィランであるということだ。まあここは真幌の自宅なので誰に目撃されるという心配もないのがもっけの幸いではあるが。
「あの中継、見てたんだよ」
「!」
と、厄介な女……もとい男がやってきた。死柄木弔の肉体の真の持ち主……というとややこしいが、要するに死柄木本人である。
「きみを庇う緑谷出久のひたむきな姿に、改めて惚れ直したってとこなんだろうな。ははっ」
「……おめェの身体でああいうことされていいのかよ?」
彼が宿敵であるという事実をひとまず封印して訊くと、彼は冷笑混じりに鼻を鳴らした。
「別に、俺は男も女もどーでもいいからね。個々の話なら、爆豪くんのことは嫌いじゃないし」
「………」
親友も厄介な男に好かれたものだ──そんなことを頭の片隅で考えつつ、復縁の兆しを見せる元カップルを引き剥がす。こんなところ、勝己に見られたらろくなことにならない。
案の定数分もしないうちに彼はやって来た、轟焦凍と連れ立って。
「あれ、轟と一緒に来たんだ」
切島が訊くと、勝己の翠眼がじろりと彼を睨みつけた。
「ンなわけあるかよ。たまたまそこで会っただけだわ」
「………」
死柄木の存在もあってか、轟の表情はいつも通り険しい。が、それも出久の顔を見るやふっと弛んだ。
「緑谷、」
「!、は、はい」
「今朝の中継、良かったと思うぞ」
それだけだった。しかしそれだけのことが、彼を多少なりとも知るかつての同級生たちには衝撃的で。
「と、轟が……!──緑谷さん、いつの間にそんな仲良くなったんだ!?」
「いや、仲良くというか……ちょっと話をしただけで……」
「結構人たらしですよね、緑谷さんって」
「そ、そんなことは全然!」
わいわいと賑々しくなるマンションルームであるが、それを許さない者がいるわけで。
「いつまでくっちゃべってンだてめェらァ!ここは仲良しクラブじゃねえぞコラ」
「え゛ぇっ、違うのぉ!?」
わざとらしく驚いてみせる死柄木に、勝己がさらに青筋をたてる一幕もありつつ。
確かに彼らは、この先の決着に向けて話し合うために集まったのだった。
*
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