ハーメルン
【完結】僕らの英雄王
錯綜


 引き継ぎ作業は存外スムーズに進んだ。業務の概要はともかく、個々の生徒の個人情報などは持ち歩いていないので、記憶を頼りにメモを作成して説明したのだが、勝己の呑み込みは驚くほどに早かった。

「っし、そんだけわかりゃ十分だ」
「えっ、もう大丈夫なの?」
「誰にモノ訊いてんだ、ヨユーだわ」

 自信たっぷりに言い捨てて、昼前には出発してしまった。実際、必要な知識についてはおおかた伝達できたので止める理由はない。ないのだが、心情の面では不安が残るのだ。天才は他人にものを教えるのは下手くそだと古今東西云われている。彼も例外ではあるまいと、あの性格を見ていれば確信をもって言えてしまうのだ。

 ひとりになったあとは、所属ヒーローから上がってきたパトロール報告書に目を通し、決裁する仕事が待っていた。管内で目立った事件は起きておらず、内容は型にはまったものばかりだが……それでも生の活動記録である。とうの昔に封印したと思っていたヒーローオタクの血が、疼き出すのを実感する。
 そうなると、今度は過去の報告書をまとめたのであろうファイルが目に入る。──重大な機密情報というわけではないだろうが、本当なら部外者にはあまり見せたくない書類だろう。推測は立つが、好奇心は抑えられない。そうだ、ブラスト・レッドのこともある。基本的には勝己の指示通りに動くといっても、形式上の最終判断を下すのは自分なのだ。今までの彼の仕事ぶりについて、知る必要はあるだろう。

 粗暴な割に几帳面極まりない性格ゆえに、ファイルは時系列とヒーローネームごとに整頓されており、ブラスト・レッドのものもすぐ見つかった。まだ所属して日が浅いからか、他のファイルに比べると若干薄い。それを開き、綴じられた報告書に目を通していく。

「……これって……」

 と、そのときだった。雄々しいノックの音が響いたのは。

「!、は、はい」

 慌ててファイルを元に戻し、席に戻る。と同時に部屋に足を踏み入れてきたのは、爆心地の一の相棒だった。

「悪ィな緑谷さん、こんなとこ閉じ込めちまって。昼飯にカツ丼の出前とったんだけど、食えるか?」
「カツ丼!」

 出久は思わず目の色を変えた。「もしかして好物だった?」という切島の問いに、ぶんぶんと頷く。
 そのさまを目の当たりにした切島は、去り際の勝己が昼食をカツ丼と指定した理由をようやく理解した。自分が食べるわけでもないのに妙だと思っていたら、そういうことか。


『──ブラスト・レッドの発言について、多くのプロヒーローから否定的なコメントが寄せられており……』

 テレビのスピーカーから流れるアナウンサーの演技がかった声をBGMに、「いただきます」と手を合わせるふたり。カツと白飯を口に運び、出久は「ん」と声を漏らした。

「美味しい……」
「だろー?ここのカツ丼はこの辺じゃ評判良いんだぜ」
「そうなんですか、良いこと聞きました」

 美味いものを食べると、それだけで幸福な気分になる。我ながら安いとは思うが、こればかりはどうしようもない。この身体の持ち主は、本当のところどうなのだろう。

「しっかしバクゴーのヤツ、二十年会ってない幼馴染の好物までしっかり憶えてるなんてな。あいつ興味ねえ相手のことは名前も覚えねーのに」
「はは……そこは確かに意外でしたけど」箸を動かしながら、「忘れたくても忘れられなかったんじゃないですか、悪印象が強すぎて」

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