第04話 見舞
ターニャから副官を奪ったことに多少の負い目を感じてはいたものの、レルゲンにとってセレブリャコーフ少佐は大変に使いやすい部下だった。
総務部の仕事もすぐ覚え、自身の裁量内であれば即断即決かつ的確、何かあれば素早く報告、連絡、相談。ターニャの副官だったおかげか、不正を見抜く嗅覚も鋭く、憲兵室にも顔が利く。おまけに淹れるコーヒーが大変にうまい。
午前の職務が十一時に片付いてしまったので、レルゲン直属である総務一課の面々は少し早い休憩を迎えていた。しかし、まだまだ物資の乏しい帝国でセレブリャコーフのコーヒーを飲めるのは、ここの長であるレルゲンの特権だ。
「デグレチャフが貴官を推す理由が見えてきた。これほどまでとは」
「恐縮です。……あの、閣下」
レルゲンはまだ閣下と呼ばれることに慣れていない。准将も、参謀次長の役職も荷が重いようにすら感じる。とはいえ、ルーデルドルフとゼートゥーアの両者に肩を叩かれては、閣下と呼ばれるのを受け入れるしかない。
「なんだ、セレブリャコーフ少佐」
「その……閣下は最近、デグレチャフ大佐殿とお会いになられましたか?」
「いや、しばらく顔を見ていないな。人事部で騒動があって、企画部に異動になったと聞いているが」
「はい。でも……」
セレブリャコーフは言い淀んだが、レルゲンが目で促すと続きを語り始めた。
「騒動の件はご存知ですか?」
「デグレチャフ大佐が襲撃され、負傷した話だな。奴も油断することがあるのかと驚いたが」
「はい、小官も正直驚きました。でもそれ以上に心配で、事情が事情ですから表立ってお見舞いにも行けず……」
「行けず?」
「手紙を書いたんです。約束通り」
レルゲンは想起する。
そういえば、駄々をこねるセレブリャコーフを説得するにあたって、デグレチャフとの文通を餌にしたのだったか。
てっきり冷酷な化け物らしく住所を教えずにごまかすなどするかと思っていただけに、レルゲンにとって意外な展開だった。
「返事はあったのか」
「ありました。お見舞いも心配も不要だ、と」
「なら不要なのだろう」
「でも、字があまりに弱々しくて。それに、いつもなら人の心配をしていないで職務をこなせー、とか、見舞いに来る余裕があるなら仕事を増やせー、とか、それくらいのことは言いそうなのに」
「言いそうだな。書いてなかったのか」
セレブリャコーフが頷くのを見て、レルゲンはしばし思案にふけった。手紙で口数が減るタイプならそれまでの話だ。重傷を負ったという話も聞いていない。しかし、この元副官が言うからには、何かしらの不自然があるのだろう。レルゲンはその程度にはセレブリャコーフを、そしてターニャを信用していた。
しかし、何かしらの判断を下すには圧倒的に情報が不足している。いくら恐ろしくとも戦友は戦友であり、その副官だった人物に助けられている以上、間接的に恩義もある。
「いろいろ変なんです。企画部の研究課に配属になったはずなのに、大佐殿の席はないですし、寮はすでに退去なさってますし……それに、大隊の中で私にだけ引っ越しの連絡が来たんですが、新居の住所も不自然ですし、しかも、その」
「なんだ」
「情報部の友人に探ってもらったんですが、引っ越しの連絡は参謀本部、ゼートゥーア参謀総長閣下が手配なさっているんです」
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