一心不乱の大清掃を
――――エーリカとバルクホルンの部屋――――
「なんともはや……」
男は口を小刻みに動かすと、やっとそれだけの言葉を発する。眼前に広がるのは、おびただしい量の「物」であった。同室であるバルクホルンとの領土の境界はジークフリート線によって仕切られているらしいが、もはやその防衛線は侵食され、瓦解するのも時間の問題となっている。思わず拍手したくなるような見事な物量攻めだ。
彼がこの光景を目の当たりにしている事の発端は食事の時間にまでさかのぼる。二日ぶりの食事の時間で真っ先に男が口にしたのは、料理ではなく謝罪の言葉であった。彼は彼が想像できうる限り丁寧に謝罪と感謝を繰り返し、飛行停止処分が下った事、その間清掃命令を下された事をすっかりと話したのだ。
そこで眼を光らせたのがエーリカであった。彼女は男が食事を終えると同時に男の手を引き、バルクホルンの静止も聞かずに一気に部屋へ連れ込んだのだ。バルクホルンはさすがに申し訳ないと思ったのだろうか、それとも単に自室を見られるのが嫌だったのか、必死にカールスラント軍人論を振りかざして拒否していたが、男がその口から気にしていない由を伝えると、言葉を飲み込んだのだ。
そして、状況は現在に至る。
「なんともはや……」
もう一度、男は呟く。大切な事は大切な事なのだが、そんなものは眼前に広がる光景に比べれば些細な事だ。
「どこから手を付けたら良いものか……ああ、君達は片付くまでくつろいでいると良い。五時間以内には終わらせる」
「お前を一人にしたら何をされるか分からん。私も監視としてこの部屋にいるぞ」
「じゃあ私はちょっと外に――」
「お前も残るんだハルトマン! そもそもこの醜態はお前が作り出したものだろう!!」
二人のやり取りに、男は薄く笑みを浮かべる。そして、吐き出す息に乗せるように言葉を紡いだ。
「私は心底信用されてはいないらしい」
「いや、これはトゥルーデなりの心配って言うか気使いだし。まったく、素直じゃないんだから」
「ハールートーマーーン!!」
やれやれ、と言った様子でエーリカは大げさに肩をすくめると、わずかに顔を赤らめたバルクホルンはエーリカの肩を掴むとぶんぶんと揺さぶる。くく、という笑い声が、わずかに男の口から漏れる。はっとしたようにバルクホルンが男のほうを向くと、男は溶けるように笑みを消し、立てたコートの襟を折り、口元を露出させた。
「ゴミ掃除をしようか」
男の背後からゆらゆらとオーラが立ち上る。そのオーラは、男がネウロイに向けて突撃するときのそれに似ていた。どう考えても無駄遣いです。本当にありがとうございました。
―――― ―――― ――――
開け放たれた窓から爽やかな風が吹き込む。掃除の開始から早くも三時間、部屋の様子はというと……。
「おー、お菓子みっけ」
「捨てろ」
「捨てたほうが良い」
「えー」
現在作戦に遅延あり、即時修正の必要がある、と言ったところだろう。この部屋の掃除の最中に見つかるものは、三つに分けられる。
正真正銘のゴミ、ハルトマン曰くまだ使える物、そして、まだ使うもの、この三つである。
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