ミレニアム
――――談話室――――
医務室で消毒と絆創膏を貼り終えた後で談話室の扉を開けると、心地良いピアノの音が空気を揺らしている。
たった二人といつもよりも人数が少ないが、ほかのメンバーたちは街へ出ているのだろう。
何せ大型ネウロイ艦隊を撃破したのだから、浮かれるのも分かる。
談話室に残る少女の一人、エイラはソファに寝ころび背を向けたままタロットカードに興じている。
「ヴァレリー、少佐に聞いたゾー。厳重注意で済んで良かったナ」
まったく背後を見ずに人物の正体が分かるあたり、彼女に予知能力があるのは本当らしい。
「耳が早いな、ユーティライネン中尉。これでまた飛べる」
ピアノを演奏しているサーニャの妨げにならないように、男はエイラの近くまで歩み寄ると、小声で言葉を紡いだ。ソファには腰かけない。
「ツンツンメガネが心配してたゾ。付きっきりで介抱してたらしいし、同じガリアの生まれ同士何か思うことがあるのかもナ」
「ああ、彼女には世話になりっぱなしだ」
男は一言つぶやき、話題を区切る。彼自身、ペリーヌとの関係を暴かれるのは気恥ずかしいのだから。
「……良い曲だ」
「当たり前ダロ、サーニャが演奏してる曲なんだから」
軽快なリズムで生まれる旋律は、彼の心を捕らえたようだ。
そして、的外れな返答を行うエイラに、男は薄く笑みを浮かべる。
「そういえば、君達とはあまり話した事が無かったな。リトヴャク中尉とは、言葉を交わすのも初めてかもしれない……いや、食事時に軽く自己紹介をしてもらった程度か」
演奏は柔らかに締めくくられる。パチパチという乾いた拍手の音が部屋に溶ける。
「素敵な演奏だった。リトヴャク中尉」
男の言葉に、サーニャは顔を赤らめてそっぽを向く。男は残念そうな表情を作るが、一瞬でその表情を払拭すると、次の言葉を紡ぐ。
「君はオラーシャの生まれだったな。ピアノを学んだのはその時か?」
「いえ、育ちがウィーンなので、そこで」
「ほう、なるほど。君のような人物が部隊に一人居てくれれば良いのだが。ナイトウィッチとしても、演奏家としても」
その言葉に、さらにサーニャの顔が染まる。エイラはむっとしたような表情を浮かべている。
「――ヴァレリー大尉は、ラ・マルセイエーズがお好きなんですか?」
その言葉に、男は固まる。そういえば初めてあの空中空母を撃墜したときに、彼はあまりにもテンションが上りすぎてついついあの歌を口ずさんでしまったのだった。
「あくまで、メロディが好きなだけだよ」
彼がそう言うのも無理は無い、田畑をネウロイの亡骸で埋め尽くす歌を愛しているなどと言ったら、危険人物以外の何者でもない。とはいえ、彼が戦闘狂であることは部隊の皆が知っているのだが。
「あの歌詞は本国でも歌唱禁止にされる位のものだからな。私も士官学校でようやく歌詞を知ったくらいだ」
その言葉に、サーニャは笑みをこぼす。彼女の意識では、目の前の男はこれほど饒舌に物事を話す人間ではなかった。むしろ口数が少ない部類かと思っていたのだが、そんなことは無いらしい。
「へー、あの歌はそんなに歌詞が酷いのカ」
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