第二局 初対局
家に帰ったら知らないJSがいた。そんなことから始まった一連の騒動で、俺は雛鶴あいという少女を内弟子にすることになった。
言っておいて自分でもよく分からない経緯だが、実際なっているのだからしょうがない。
ちなみに内弟子とは、師匠と弟子が同じ家に住むということで、現在ではめっきり減っている形だ。
そうなって以来、何故か前にもまして冷たく暴力的になった姉弟子、空銀子女流二冠。
今日はVSの約束があり、こうして俺のアパートに訪れている。
あいと姉弟子の仲は良くないみたいなので、あいが研修会で将棋会館に行っている今日にVSを設定した。
中盤の山場を指しながら、話は将棋界の近況に移る。
「『彼』の連勝、止まったみたいね。」
「…ええ。プロ棋士最多連勝記録を更新する二十九連勝で。テレビでもかなり話題を呼びましたね。…まあ、姉弟子の連勝記録には届きませんが。」
「…私の連勝と『彼』の連勝の違いくらい分かっているでしょ?」
「それはそうですけど…。」
姉弟子も「彼」以上のデビュー以来の連勝をし続けているのだが、それはあくまで女流棋士の中での話。「棋士」と「女流棋士」は棋力に圧倒的な差がある。
現に女流棋士に無敗の姉弟子ですら、奨励会では三段リーグに入ることすらできていないのだ。
だから「彼」の連勝は、姉弟子のそれより大きな価値があることは、将棋界の常識なのである。
「それより、非公式戦で『彼』との対局決まったんでしょ?対策はしてるの?」
「いえ…。でも、公式戦の方が忙しいですし、この前歩夢に勝って以来調子は取り戻しているので問題ないかなと。」
そう、しばらく組まれないと思っていた「彼」との対局。それが、インターネットテレビ局の企画で案外すぐに訪れてしまったのだ。
内容は、「彼」とトップ棋士七人が対決するというもの。
対戦相手として選ばれたのは、神鍋六段、山刀伐八段、篠窪棋帝、生石玉将、俺、月光会長、そして「名人」。
正直無謀だと思う。全敗…よくて一勝。それが大方の棋士の予想だった。
「そう…。それならいいけど、簡単に負けないでよ。」
「肝に命じておきます。」
こんな話をしながら、俺たちは数時間将棋を指していった。
「負けました。」
「ありがとうございました。」
俺は、目の前の中学生に向かって頭を下げていた。
完敗だった。
ほとんど対策をしていなかったとか、三段リーグに近い持ち時間で、向こうの方が感覚を掴みやすかったとかの不利な理由はあるが、それでも勝てる相手だと思っていた。
自分も中学生棋士で、才能が同じくらいだろうから経験で勝てる、と。だがそれは甘かった。
口数の少ない「彼」と感想戦を軽く済ませながら、俺は後悔し続けていた。
「師匠、大丈夫ですか…?」
家に帰るとあいが出迎えてくれた。収録対局ではあるが、将棋関係者の間では結果はすぐに伝わってしまう。
「ああ、大丈夫。非公式戦で対策してなかったせいだからさ。次は勝つよ。」
「それなら良かったです!あ、ご飯用意してありますよ!お風呂もすぐに湧きます!」
あいは俺の返事を聞くと、子猫のような笑顔を浮かべてそう言った。
実際には複雑な思いがあるが、かわいい弟子に心配はかけたくない。あいの用意してくれたご飯とお風呂を済ませ、その日はすぐに寝た。
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