ハーメルン
「彼」のおしごと!
第三局 詰将棋

「性能の良いマシンと聞いて、車を想像してたらジェット機が出てきた気分や。」
とは、俺の師匠、清滝鋼介九段の言葉で、メディアにも広く取り上げられた。
公式戦二十九連勝という記録を残した後、さらにトップ棋士たちを次々と倒していった「彼」をメディアが放っておくはずはなく、俺たち棋士が「彼」に関する取材を受けることも増えてきている。
「彼」に敗北を喫した「名人」も早い段階から桂馬を利用した積極的な攻めの印象とともに、一際目立つ終盤力について語った。

終盤。実はここが強い棋士はあまり多くない。
何故なら現代将棋は、ソフトや研究会の研究によって序中盤に優位を作り、そのリードをもって終盤を押し切るというのが基本の考え方になっているからだ。
ゆえに、終盤の勉強とも言える詰将棋に対して意味がないと言い切る棋士もいる。
それでも、俺は詰将棋には意味があると思っている。「詰み」のパターンを体得し、相手より早く勝ちに向かえるようになるからだ。

俺の弟子、あいも終盤の天才だ。あの将棋図巧を小三にして全部解いてしまうほどである。ちなみに「彼」も図巧・無双を小四で解き終えたという。プロでも解けない人がいるのに、驚異的としか言いようがない。

今日も、俺とあいは朝から詰将棋を解く競争をしていた。
最後の複雑な問題で見事打ち歩詰めを回避したあいは、ご満悦といった笑みを浮かべている。
「こういうの見ると、自分でも詰将棋を作ってみたくなります!」
「分かる分かる。でも、将棋の修行中に詰将棋創作はオススメしないな。」
「どうしてです?」
「作り始めると時間がどれだけあっても足りなくなるからだよ。『彼』ですら、詰将棋創作を控えているくらいなんだから。」

実は、元々「彼」は指し将棋よりも詰将棋の方で名を馳せていたのだ。あいと同じ九歳で詰将棋を投稿し、月光賞を受賞している。
九歳としてはあり得ないレベルの作品であり、その頃から一部では注目されていた。
その後も何作か制作していたが、月光聖一会長が「彼」の師匠を通じ、「詰将棋創作は控えた方がいい」と異例の助言をしたのだ。
詰将棋作りには独特の魅力があって、そちらにハマってしまうと指し将棋がおろそかになってしまう。自身も詰将棋作家として有名な月光会長の助言だけに、大きな意味合いを持つものだった。

「それに、実戦で詰将棋みたいな綺麗な詰み筋が発生した事あるか?」
「えーと…『彼』の将棋で、歩の合駒請求含みで駒一つも余らない綺麗な逆転詰みがあった気が…」

どうやら「彼」は将棋界のあらゆる常識を破壊するつもりのようだ。弟子の教育に支障があるのでできればやめていただきたい。

「…その一局以外であるか?」
「…ないです。」
「ま、まあ、つまり多少の例外はあれど、ほとんどのケースで綺麗な詰みは発生しないから、そこばかりを突き詰めてもしょうがないんだ。指し将棋と詰将棋のバランスが大事になってくるわけだな。」
「なるほど!分かりました!」

それにしても、詰将棋は一人でも解けるからいいとして、指し将棋にあいのちょうどいい相手がいないのが気にかかるな。俺では指導になってしまうし、あいの友人であるJS研のメンバーでは弱すぎる。どうにかならないものだろうか。

…月光会長からの呼び出しを受けたのは、その数日後のことだった。

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