ハーメルン
「彼」のおしごと!
番外編 ▲4一銀

3月23日。その日、歩夢と「彼」との竜王戦ランキング戦が組まれていた。
俺は特に用事もなかったので、棋士室で他の棋士とその対局の検討をすることにした。

棋士室に行くと、見知った顔がいた。
「あ、生石さん、どうも。」
「よう竜王、久しぶりだな。」
生石玉将、生粋の振り飛車党で、玉将のタイトルホルダーだ。「ゴキゲンの湯」という銭湯も開いていて、大人のハードボイルドな男性でもある。
生石さんと会話をしていると、午前10時になり、対局が始まった。
振り駒の結果、先手は「彼」、後手は歩夢に決まった。
しばらく進むと、戦型は歩夢が得意とし、「彼」が苦手と言われている横歩取りになった。
内心面白い対局になりそうだと思う。

その後は歩夢の以前の対局の前例をなぞって推移していく。途中、「彼」は金取りになるよう、▲2五歩と歩を打った。
その瞬間、歩夢の空気が変わる。
金を避けずに、△3六歩とついて桂取りにした。

「こりゃ研究局面か?」
生石玉将が聞いてくる。
「ええ、そのようです。前例では歩夢は負けてますし、恐らく研究は相当してきたと思いますよ。」
「だろうな、気迫を感じるぜ。」
この局面で、「彼」は長考に沈んだ。金を逃げる筋を本線にしていたようだ。
数手も進めば、俺にとっては後手有利と思える局面が仕上がっていた。
棋士室ではインターネットテレビ局の配信も同時に放映していたが、やはり解説もAIも後手有利を言っていた。
「こりゃあ天下の『彼』も今回ばかりはきつそうだな。」
「そうでしょうね。とは言え、まだ難しい局面ではありますが…。」
…だが、そこから俺たちは恐ろしいものを見ることになることを、この時は予想すらしなかった。

歩夢の主張が通り、歩夢は△2八歩と打った。これを▲同飛とすると、△3六桂が飛車銀両取りになる。
「▲3九飛だろうな。」
「いや、それも△3七歩が中々厳しいですね…。かと言って別の手もないし…。」
だが、「彼」は▲同飛と取った。
「なるほど、△3六桂には▲2五飛として、諸々の手順のあと、▲3六飛で銀を外すのが狙いか。」
「かなり難解ですね…。」
この後は棋士室や解説、そしてAIの予想通りに、歩夢が△4四角と飛車取りに打った所まで進む。ここではさっきの通り、▲3六飛と銀を外す手順が予想されていた。

…しかし、「彼」は違った。▲3四飛と上がったのだ。
「な、銀を外さないだと!?」
「そんな手が…!?」
そして、ここで不思議なことが起きた。
ここまでAIは44:56で歩夢が有利としていたのだが、▲3四飛に対する()()()()()()()突如AIの数値が64:36で「彼」の有利へと跳ね上がったのだ。

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