ハーメルン
「彼」のおしごと!
第五局 将棋星人

ゴキゲンの湯。タイトルホルダーである振り飛車党、生石玉将が開いている銭湯だ。そこで俺はこう切り出した。
「…生石さん!」
「ん?」
「お願いがあります。…俺に振り飛車を教えてくださいッ!!」
「ええ!?師匠、振り飛車党になっちゃうんですか!?」
一緒に連れてきたあいが驚くのも無理はない。俺は師匠の影響もあって生粋の居飛車党で、公式戦はおろか、子供の頃から居飛車ばかりを指してきたからだ。

ちなみに、同じ中学生棋士である「彼」も居飛車党。プロデビューしてからの対局では公式非公式を問わず居飛車しか指したことがない。後手番の時の二手目は必ず飛車先の歩を突く8四歩だ。
8四歩は「王者の手」とも言われる、「そちらの戦法何でも受けます」という意味合いを持つ手で、不利とされる後手番率が不思議と高い「彼」は、それでなお勝ち続けているのがまた恐ろしいポイントなのである。

「まあ、必ずしも振り飛車党になるということじゃない。色々な局面を経験することで、どんな局面にも対応できるオールラウンダーになりたいんだ。」
「…なるほど。」
「あと、あいが研修会で勝つにも必要なことなんだぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ、研修会で上手を持つようになると、香車を落とすことになるんだ。その時に飛車で端をカバーしてくる必要が出てくるからな。」
「なるほど!」

そういった意味では、「彼」も振り飛車を指したこと自体はあるはずだ。もしかしたら、「彼」と同じ名字の棋士が編み出した「システム」も使ったことがあるのかもしれない。
とはいえ、あくまで研修会や奨励会の話だから、俺自身も含め、それだけで振り飛車のセンスも持っているとは言い難い。

結局、俺とあいはゴキゲンの湯の手伝いをすることを条件に、生石玉将から振り飛車の手ほどきを受けることになった。
そんなある日、ふとしたことから、脳内将棋盤の話になった。
「生石玉将の脳内将棋盤はどんな感じなんです?」
「俺のは現実の盤とほぼ同じで、背景まで映るな。ただ、ところどころぼやけて全体は見えない。お前はどうだ?」
「同じくカラーですね。ただ、駒は黒い文字だけで、全体図と部分図を行き来する形です。あいはどうだ?」
「んーっと、詰将棋の図面と同じです。白黒で、小さいですけど全体が見えます。」
「脳内将棋盤といや、『彼』は脳内将棋盤持ってないらしいって話は聞いたか?」
「「えっ!?」」
脳内将棋盤は、棋士であれば誰でも持っているというのが通説である。詰将棋選手権を連覇し続けている『彼』なら、なおさら持っていそうなものだが…。
「じゃ、じゃあ…『彼』はどうやって読みをいれているんですか…?」
あいがおずおずと生石玉将に質問をする。
「インタビュー記事によれば、『対局中にどうやって思考しているかはよく分からない、詰将棋は読みだけだから盤は必要ない』とのことだ。」
「余計分からなくなっちゃいました…。」
「恐ろしい…としか言えませんね。『よく分からない』思考で勝率8割を達成しているといううことなんですか…。」
「まあ、正直どこまで本気で捉えていいのかはよくわからん。言語化しにくいことも世の中たくさんあるからな。『彼』の語彙力で言語化できないってのはなかなかだろうが。」
「ただ、少なくとも脳内将棋盤がないのが確かである可能性は高い…と。」
「そういうことだ。」

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