航海日記17 議論
「ふざけるな!」
概念伝達によって繋がる霧の艦艇たちの意志。
大規模な相互通信によって作られる仮想空間で交わされるメンタルモデルたちの会話。
まるで、円卓のように設けられた大きなテーブルと人数分だけ用意された席の一つで、一人の大戦艦が声を荒げた。
だが、それを咎める者は誰もいないし、眉をひそめる様なこともしない。誰もが涼しい顔をしている。
何故なら、ここに集ったすべてのメンタルモデルが名だたる大戦艦であり、各海域の艦隊を束ねる旗艦でもあるからだ。
霧の東洋方面艦隊総旗艦、超戦艦ヤマト。
霧の欧州方面艦隊総旗艦、超戦艦ムサシ。
霧の前東洋方面艦隊総旗艦、大戦艦ナガト。
霧の太平洋艦隊総旗艦、大戦艦アイオワ。
霧の大西洋艦隊総旗艦、大戦艦ニュージャージー。
霧の西欧州艦隊総旗艦、大戦艦フッド。
霧の東洋艦隊総旗艦、大戦艦プリンス・オブ・ウェールズ。
霧の東欧州艦隊総旗艦、大戦艦ビスマルク。
霧の地中海方面艦隊総旗艦、大戦艦ヴィットリオ・ヴェネト。
上に立つ者としての威厳やカリスマは誰もが備えている。
たかだが大戦艦の一人が叫んだところで、顔色を変えたりするような躯体は誰一人としていなかった。
「ニンゲンと同盟を組み、来るべき異邦艦との海戦に備えるだと!? あのような軟弱な存在と手を組むなど馬鹿げている!」
声を張り上げて、意見を主張しているのは東洋艦隊の旗艦を務めるプリンス・オブ・ウェールズである。
代表的な欧州人らしい金髪碧眼の容姿。ボブカットの髪型に、陶器のように白い肌。
そして海軍将校を思わせるような、白い布地に金の装飾を施された軍服を着こなす、メンタルモデルだった。
その中性的な容姿と相まって、さながら男装の麗人を思わせるような彼女は、顔を怒りと屈辱に染めながら会議に参加した面々に訴えかけるように叫ぶ。
特に欧州艦隊の大戦艦。
ヴィットリオ・ヴェネトとビスマルクの間に挟まれるようにして座っているメンタルモデル。
大和型超戦艦の二番艦"武蔵"にして、欧州艦隊を総旗艦を務め、束ねているメンタルモデルのムサシに対しては、苛烈な視線を向けていた。
もっとも当のムサシは涼しい顔で、ジャムを混ぜたロシアンティーを嗜んでいたが。
「確かに人間の戦術は有効だろう。17年前の大海戦時に我々の戦術は幼稚な突撃であったことも認めよう。だが!」
そこでプリンス・オブ・ウェールズは一旦言葉を留めた。
溜めを作り、まるで意見を聞こうとしていないかのような態度を取る大戦艦たちに、少しでも自分の意志に耳を傾かせようとしている。
その楽器のような透き通る声は、大声で叫ばれても耳障りではなく心地よいと思わせる声だ。
声にすらカリスマを宿したかのような彼女の言葉は、普通の霧の艦艇なら無意識に従わせそうなチカラがある。
伊達にインドやインドネシアを中心とした東洋の海域を任されてはいないのだ。
能力もあるし、彼女とて大戦艦。優秀なのだが視野が狭く、頭が固いのが欠点なだけである。
気高く誇り高い忠誠心と自負は、時において絶大な信頼を寄せ、主を助ける力となるが、場面が違えば足を引っ張る重荷にしかならない。
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