●航海日記1 覚醒
イ403は全身に及ぶ倦怠感とお腹に響く鈍痛を感じながら目を覚ました。
人間の戦術という概念を学ぶために形成している艦の躯体だが、さすがに生理痛まで再現している訳ではあるまい。
艦に不調がないかとシステムチェックを行うが、全てオールグリーン。
機能に問題はなく通常稼働は問題なし。戦闘稼働においても支障はなさそうだ。
何らかのハッキングを受けた形跡もない。
ならば問題はないと、襲い来る不快感を切って捨てることは簡単だった。
ただ無性に涙が止まらないこと以外は。
「な、み、だ?」
403は躯体の双眸から零れ落ちる液体に驚愕する。
掠れた声で一字一句、液体を表す言葉を呟いていく。
涙。人間が悲しい時、辛い時、苦しい時、嬉しい時に流す現象。
だが、自分は涙という機能を実装して無いはず。だから403は著しく困惑した。
艦の記録を遡れば躯体を実装、本格的に起動したのはつい最近である。
だから、感情や動作を模倣する経験が圧倒的に不足している。
稼働時間が長い他のメンタルモデルと接した経験もなく、陸に住んで居る人間と接触した経験もない。なのに、どうして涙を流している?
疑問は尽きないが、403はこの現象を解決する手段を模索することにした。
人類のネットワークを密かに検索。データをアップロードする。
結論は心が落ち着くまで大人しくしていること。
心というものが何なのか理解できないが、落ち着くというのは何となく理解できる。
艦橋から艦の全システムにアクセスし、メンタルモデルの肌に演算時の発光現象。紋章光を浮かび上がらせる。周囲には空間モニターと演算リングが展開。そうして403の乗った船は海中に静かに潜り込んだ。
自分は潜水艦という個体に分類される艦船。
海上よりも海の中の方が落ち着くと判断したのである。
沈降を続け、一定の深度まで達した時、403は艦の水平を保って海域に止まった。
少なくとも人間のデータが正しければ、これで涙という現象は止まるだろう。
その間に状況を確認しておくことにする。
「アクティブソナー使用。反射時に得られた海域の情報、確認。
海域における地形データ照合。霧のネットワークより得られる艦隊の位置情報、確認。
当艦の位置情報を照合。太平洋の沖合?」
まずは自艦の位置をと、様々な情報を照らし合わせて確認すると、得られた答えは太平洋の沖合に停泊していたという事。
それも場所としては日本という島国の近くだ。
付近には日本の海域を封鎖する東洋方面艦隊が巡洋しており、共同戦術ネットワークには403の状況を至急報告せよという命令が通達されている。
そして姉妹艦の402が、確認の為に此方に向かっているという旨が記載されていた。
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