ハーメルン
蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza
航海日記43 人と霧の裏で

 コトノは交渉に向かう群像を見送ったあと、これからの行く末を考えていた。

 人類に対して霧から人道支援を行っているものの、まだまだ人類の霧に対する遺恨は深いのだ。一部の協力的な国や政治的派閥、軍閥などには秘密裏に抑制システムを組み込んだうえで、扱いやすい異邦艦隊と同等の兵器や戦力の提供を行っている。しかし、人類と霧が手を取り合って戦うには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 こちらには時間があまり残されていないというのに。

 南洋諸島や南太平洋で起こった戦いは、あくまでも牽制にすぎないのだ。相手からすればこちらの戦闘能力の観察。現状における霧の戦力の偵察を目的としていたに過ぎない。それが終わった以上。本格的な侵攻が、もうすぐはじまるのだと霧の各艦隊は結論付けている。

(……拙いわね)

 現状は単純に戦力が足りなかった。

 向こうは無限大の戦力を保有してるのに、こっちは有限の戦力だ。一度に出せる艦船の数も決まっていて、それも徐々に消耗しつつある。武器弾薬は問題ないが、それを搭載する艦船をコントロールするコアが足りない。メンタルモデルも、意志を持つユニオンコアも、何もかもが足りない。

 しかも、戦力を抽出するには海域を封鎖するために艦隊を増派するという建前が必要で、戦力を自由に動かすことができないのだ。配置する必要のない場所にまで、封鎖のために戦力を奪われている。

 南洋諸島作戦で東洋艦隊の一部を、南太平洋での作戦で太平洋艦隊の主力のひとつを失ったのが痛すぎた。大戦艦クラスが一度に五隻だ。再建には大きな時間を要するだろう。

 少なくとも戦線に復帰する頃には後半戦に移行している。それくらい異邦艦隊の出方が早い。相手が出現する兆候が世界中で強まっている。

 長期戦に移行すれば、移行するほど不利なのだ。元より短期決戦しかないのかもしれないが、それには大きなリスクを伴う。一度に全てを失いかねないほどの博打だ。失敗すれば世界が滅ぶ。

 だが、それしかないのであれば、コトノは迷わず選ぶだろう。ヤマトも、翔像も、ムサシも同じく選ぶ。

 例外処理を用いた一時的な海域封鎖の解除と、限定的な全戦力の投入という大博打を。

 その為にもがら空きになった国を守るための人類の戦力が必要だった。自分の国を自分で守るための軍隊。霧によって滅ぼされ、霧を打ち滅ぼすための人類戦力の全てを防衛に費やしてもらわなければならないのだ。その為にも、一時的でも構わないから霧と人類の信頼関係が大いに必要とされている。

 勝機はある。向こうが転移してくるための穴。"ゲート"を塞いでやればいい。その場所も既に分かっている。あとは準備だけ。

(あとは、あの子の目覚めを待つだけね)

 人類との交渉は少しずつ進展していっている。この際、利用しあう関係でも構わないから、彼らには立ち上がってもらうとしよう。


◇ ◇ ◇


 霧と人類との停戦が合意されてから、その関係性は激変していた。少なくとも民間において、霧の艦隊に対する感情は変わりつつある。

 食う物にも困る生活。人が"物"として廃棄されるかもしれない恐怖。明日にでも、恐るべき敵が襲撃してくるかもしれない怯え。

 それらから解放されつつある民衆は、安定し始めた生活に少なからず安堵の気持ちを覚えていた。メディアによるイメージアップ放送も大きい。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/4

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析