第01話 書を破却する愚者
歴史が俺の存在を許さないというのなら、あるべき標をぶち壊してさしあげよう。
――竜の騎士。
太古、天上の神々は憂いた。地上の覇権を賭け、幾世代にも渡って骨肉の抗争を繰り広げる竜族と魔族と人族を疎ましく思ったのだ。そこで竜と魔族と人の神は地上の不毛な争いを終わらせるため、天地万物を司る神々の使いを生み出し、地上に降臨させた。
額に竜を象った紋章を持つ、最強の名を冠した戦士。それこそが竜の騎士だ。竜の強靭な生命力と魔族の絶大な魔力、そして人の心を併せ持つ、三界の秩序を築く戦神が誕生したのである。
竜の騎士は血を残すことをせず常に一代限りの生だったが、それで十分だった。神々に期待された通り太古の戦乱を終わらせると、以後は脆弱な人が住む地上の危機に颯爽と現れ、時代時代の苦難から人類を救い続けてきたのだから。
竜の騎士は人に似た姿をしていても人ではない。世界に混乱が起こるたびに次代の騎士が再び聖母竜によって生み出され、そこで竜の騎士は使命を果たし、戦いに明け暮れた一生を終えて眠りにつく。それが神々の作り出した《システム》だった。竜の騎士の額に浮かび上がる力の源――《竜の紋章》が受け継がれていく事こそが、彼ら一族の生きた証なのかもしれない。
ただし守られてきた人類は竜の騎士の活躍を知ることはなかった。あるいは忘れ去られたのか。現代において、竜の騎士とは各地の伝承や古文書の片隅にひっそりとその痕跡を残すのみの存在だからだ。
自身の種族を忘恩の徒だとは思いたくないが、それでも竜の騎士の活躍が世に知られていないのは少しばかり哀れだとは思う。それは先代の竜の騎士の活躍がはるか昔だったからなのだろうか。
たかだか数十年で老いては死んでいく人間だ。竜の騎士の軌跡を実体験の記憶として残せる竜族や魔族と違い、不十分な歴史の記述では数多ある風聞や伝説、御伽噺の類に埋もれ、竜の騎士の実像が風化してしまうのもわからないではなかった。加えて近年の魔王ハドラーの侵攻に際して、撃退した勇者が当代の竜の騎士バランではなく、生粋の人であった勇者アバンだったのだから、伝説は伝説と忘れ去られても致し方ない面はある。
もっともその勇者アバンの勇名すら、原作時間軸ではアバンの仲間や直接の関係者、各国王族くらいしか知らない『知る人ぞ知る』レベルだったことを踏まえると、この世界はよほど情報伝達手段に難を抱えているのだろうか。あるいはアバンの意を汲んだ各国上層部が情報統制を図り、彼らを静かに暮らさせようとする狙いがあったのかとも思うが、正確な事情は俺の知るところではなかった。
神々の思惑、人の思惑、竜の騎士の思惑。いずれにせよ竜の騎士は世界の秩序を乱す輩を排除するのが役目であり、その使命として地上の危機を幾度も救ってきた一方で、彼らの活躍は人知れず行われてきたものだったという事実には変わりあるまい。考えてみれば竜の騎士が歴史に埋もれていったのも当然といえば当然か。
なぜならば、地上の危機といえばその筆頭は魔界からの魔族の侵攻である。それを未然に防いできたのが竜の騎士だったのならば、必然、戦いは魔界を舞台としたものとなるはずだ。
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