提督の秘密
パチパチと音を立てて燃える薪に、那智〈わたし〉は書物を放った。
それに記されている出版日は、三〇年先だ。
世界史・日本史・戦史・科学技術史 ――私は次々放り込んだ。
脇に手を伸ばせば、異質な感触に気がついた。
それはタブレットPCだった。
そろばん・計算尺など比較にならないオーバーテクノロジーだ。
「――。」
レーザープリンター・スキャナー・ドローン・リチウムイオンバッテリー・ソーラーセル・LEDライト。
歴史の改ざんを可能とした未来の存在が明るみになれば、新たな火種になるに決まっている。
「それは理解しているのだが――」
経済が重要だと言う事を分っていてなお、容赦なく廃棄を命じる司令官は、やはり変わり者だ。
おおっぴらには言えないが山本長官と、いや、もう山本総理か。彼と気が合ったのは、変わり者同士だったからなのだろう。
「済んだか?」
いつの間にやってきたのか司令官が立っていた。
薪の光を浴びて、夜更けの暗がりに浮かび上がっていた。
「デジタル製品は、魚雷の弾頭に入れて爆破しようと思う」
「それで構わないから、確実に処分してくれ」
講和が成されたとの速報が在って以来、司令官は様子がおかしい。
「俺は出かけるが、執務机の引き出しの中身も処分しておいてくれ」
「こんな時間にか? 私は聞いていないぞ?」
「野暮用だ」
闇夜に消える提督の後ろ姿は ――上手く表現が出来ないが―― 幽霊と見間違えてしまいそうな程に希薄だ。
パチリと薪が音を立てた。
そうだ。
出会った時に見た、この火の様な力強さが無い。
だが、考えてみれば当然かも知れない。
若くして提督になったやっかみは激しいモノだった。
嫌がらせなど数えきれず、鉄拳制裁と言う形での実力行使すらあった
それも、この史料の抹消を以て華蝶乱舞作戦は終了する。
『華蝶乱舞作戦』
この蝶が意味するのは、航空戦力の事ではない。
因果の繋がりが歴史ならば、小さな変化ですら長い時を経れば大きく変わる。
これをバタフライエフェクトというが、華蝶乱舞の蝶とはこの事だ。
七〇年後のデジタル製品が今存在すれば、七〇年後の世界がどうなるか分った物では無い、か。
まったく。
司令官の頭の良さには叶わない。
◆
「ん?」
執務室の執務机、その引き出しに入っていたのは、手記と小さな箱だった。
箱には、美しく光る金属製のリングが、一つ入っていた。
これは、噂に聞く婚儀の証だ。
元々海外の風習だが、大正から日本でも行われるようになったと聞いている。
「誰に渡すのだろうか」
そう考えて、浮き足だった。
「足柄〈いもうと〉に決まっている」
そう分れば少々ゲンナリした。
「四つ用意しておく位の甲斐性が欲しいとこ、」
そう言いかけて我に返った。
「これを処分する? これから使う物を? 何故?」
ブルルという自動車の音があった。
「こんな時間に来客か? 誰だ?」
執務室の窓から見えるのは、複数の見知らぬ男達と司令官の姿だ。
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