疑念
艦砲射撃の挟叉とは確率の事だ。
照準の精度には理論上の限界があるので、繰り返し撃たねば当たらない。
風・波・味方・敵・強弱・多少・整然乱雑。
これら要素〈パラメーター〉から成る組み合わせは膨大であり、時々刻々変化する海戦場において、命中という唯一の答えを算出する事など、事実上不可能だ。
それ故の確率なのである。
だが、無秩序に見える海戦場にあって、確固たる一つの流れが在る。
人はそれを、運〈=Luck〉と呼ぶ。
それは万物に平等だが、つかみ取ろうとする側の如何によって、平等では無くなる。
だからこそ、勝利と敗北が産まれる。
その流れを捉える術を、私は実戦経験と呼ぶ。
要するに、勝利をつかみ取る力だ。
◆
水平線の近くで光が瞬いた。
それは、準備完了を告げる駆逐艦らの信号だ。
射撃目標に向けて、私は背負う五基の砲塔を旋回させた。
南東の風、風力いちメートル。
海面は、鱗の様なさざ波。
―仰角修正プラス三―
―方位角修正マイナス四―
雲は少なく、お日様も穏やか。
絶好の演習日和だ。
―砲術ヨリ艦橋、射撃準備良シ―
「足柄姉さん、始めて下さい」
耳を手で押さえる羽黒ちゃんは、傍で立っていた。
見物の皆は、少し離れた海面に立っていた。
正真正銘の準備良し。
海の果てまで届け――
「撃てぇーーーー!」
発射炎。
十の砲門から撃ち出された爆発的衝撃は、私の体を揺るがし、海面を抉り、重さ一〇〇キロの徹甲弾を、十発撃ち出した。
音速を超えたそれは、おおらかな弧を描きながら、青い空を切り裂いていった。
着弾。
一つ目の砲弾が、二〇キロ先で浮く白い的を、破壊した。
目標イチ ――命中。
続いて二つ目の砲弾も当たりだ。
目標二 ――命中。
三つ目は、的を激しく揺らすのみだった。
目標三 ――失敗。
四つ目・五つ目と、砲弾が水柱を次々に立ち上げた。
最後の十発目で、海に静けさが戻る。
それは、電からの無線だった。
『命中八!』
十発撃って命中が八発、つまり命中率八〇%。
的も私も動かないならば良くて当然と言いたいけれど、快心の一撃だ。
「どう! みんな! 完全大勝……どうしたの?」
私の腕前を見ようとやってきた第五艦隊の面々は、沈黙していたのである。
「……あの、羽黒ちゃん。手順か何か、間違えた?」
「皆、驚きすぎてるんですよ。私もですけれど」
そうか。
凄かったか。
うふふ。
「皆見なさい! 完全大勝r――」
「足柄! てめぇ!」
何事だろうか。
詰め寄る摩耶は、目尻をつり上げていたのである。
「あのねぇ。質問は勝利って言い切ってからに、」
「うるせぇ! 電を何の食い物で買収しやがった!」
胸ぐらを掴まれた。
「ズルなんてしてないわよ! 失礼ね! ぐえぇぇ……!」
とぶ! トんぢゃう! からぁ!
「摩耶。その辺にしときや。足柄、白目剥いてるで」
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