ハーメルン
転生艦足柄と提督の秘密
歴史書

 その部屋の窓から射し込むモノは、埠頭から申し訳程度に届く、明かりのみ。
 薄暗いその場所で、浮かび上がるのは、焦げ茶色の丈夫な扉だ。

「羽黒ちゃんの言った通りね」

 これは、秘密の部屋への入り口である。

《執務室の隣に部屋がある?》
《鍵かかかっているので入った事はありませんが、多分書庫だと思います。司令官さんが、この部屋を出入りする時は、必ず本を持っていましたから》

 部屋をグルリと見回した。
 羽黒ちゃんが片付けているだろう執務机・棚・絵画・置き時計など、色々な物を見る事が出来た。
 その中で、一つだけ変なモノがあった。
 存在がおかしいのでは無く、片付け方が羽黒ちゃんらしくないのだ。

 かつて、足柄〈わたし〉の乗組員が《隠し事をしても妻にはすぐバレる》と愚痴っていた。
 羽黒ちゃんは、鍵についてお茶を濁した。
 推理通りなら、この二つから得られる解が、ここにある。
 花瓶をゆっくり持ち上げてみると、案の上だ。
 銅色のシンプルな鍵が隠されていたのだった。

「頭が良くても男の子。艦娘〈おんな〉の勘には勝てないわよね」

 勿論、羽黒ちゃんが提督の妻だと言う事では無い。
 断じてない。



 艦娘〈なかま〉は全員夢の中だ。
 だからなのではあるが、カチャリと鍵の開く音は、とても大きく聞こえた。
 だが、何故だろうか。

 ――ギィ――

 扉を開ける音は、耳に障った。
 まるで棺を開けたかの様だ。
 事実その部屋は、真っ暗だった。
 まるで、底なし沼の様だ。
 懐中電灯を点けたら、迷路の様に立ち並ぶ、巨大な本棚群が浮かび上がった。

 ――寒い――

 ただの書庫だと言うのに、吐く息が凍り付きそうな程に寒い。
 これではまるで、霊廟か聖域かのどちらかだろう。
 もちろん禁忌の場所という意味だ。
 一刻も早く立ち去りたい衝動を押さえ込み、私は一歩踏み入れた。
 本棚には多数の本が詰め込まれていた。

「数学・物理学・化学・宇宙学・地理・宗教学、美術まである……あら? なんだろ、これ」

 それは、彩色豊と言うよりは、陽気な背表紙だった。

『艦隊これくしょん あんそろじーこみっく Vol3』

 興味本位に手を伸ばせば、違う本に気がついた。
 それは、暗い部屋にあっても気が付く程に、存在感を放っていた。
 神秘的ですらあった。
 それはあの本だった。
 男の子が持っていた、提督が持っていた。
 私は、魅入られた様にその本を手に取った。

『世界史』

 ページを一枚めくる度に、鼓動が早くなっていった。
 慌てて発行日を見たら案の上だ。

『第一版発行 二〇一五年 八月十五日』

 ページを更にめくる。
 私は魅入られた様にめくり続けた。

『三国干渉』
『日露戦争』

 止めるべきだ。
 ここで止めるべきだ。

『第一次世界大戦』
『世界恐慌』

 これ以上は見てはならない。
 知ってはならない。

『ワシントン海軍軍縮条約』
『第二次世界大戦』

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