ハーメルン
ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法
ミジンコ
数週間が経ち、明日からGWに突入する。教室も随分と賑やかになり、当初のぎこちなさが懐かしくすらある今日この頃、新司も学校にすっかり慣れた様子でクラスメイトと仲良くやっていた。
GW明けには、課外授業といった大きなイベントも控えている。あとは学力試験もイベントといえるか。そういったイベントの前後には、新司のヒロイン攻略にも動きがあるだろう。
ゲームとは別に、俺は俺でこの竹原光太としての生活を楽しんでいた。
ゲーム上ではプレイヤーにボタン一つで飛ばされる時間、その裏側で起きている、語られる事のない脇役たちの物語。そう考えると、ちょっと得をした気分になってくる。今もこうして廊下を歩いていると、その一端を垣間見る事が出来るからだ。
こちらに向かって歩いて来る女生徒が一人。前が見えない程の資料を抱えているのはお約束というか、ほんとベタな展開だ。そのままだと俺にぶつかるので、横に避けてあげるのが紳士として当然の行為だろう。しかし、ここは敢えて立ち止まって動かない選択をする。
「そんなに抱えて大丈夫?」
俺に声を掛けられたことで気付いた女生徒が立ち止まった。その拍子に、俺は彼女が運んでいた資料をあらかた自分の腕に納めてしまう。
「これ、どこまで運べばいいの……かな? 柏木さん」
そう、資料の向こうから現れた顔、それは柏木星奈のものだった。
「……」
何か言いたげに開いた口が無言で閉じられる。その小振りな口が不満気に、ほんの少しだけすぼめられているように見えるのは気のせいだろうか。
ここでまさかの柏木登場に顔を引き攣らせなかった俺を褒めてやりたい所なんだが、それ以上に、いかにもな釣り針にわざわざ引っかかりにいく数秒前の俺に、全力のドロップキックをお見舞いしてやりたい。
「えーっと、柏木……さん?」
「結構です。どなたか存じませんが親切の押し売り、というものです」
彼女は凍てつく視線を突き刺し、そう告げると短く息を吐き出した。俺は背筋にひんやりとしたものが走り、体がぶるっと震えるのを感じていた。
「はははっ……、えっと、俺は、二年三組の竹原光太。押し売りには違いないが、お試しセール中で安いから買っておきなって」
俺の一言に柏木は目を細める。なんだか虫けらでも見るような目をしている。
「本当に図々しい、ミジンコみたいな人ですね」
うん、思っていた以上に微小な生き物だった。食物連鎖の底辺、理科の時間に顕微鏡で見たやつや……。
「今、ちょっとだけ傷ついたぞ。ちょっとだけな」
「どうしてでしょうか? 褒めてさしあげたのですが」
本当にわかりません、そんな風に首を傾げて俺を見上げてくる。こいつ……。
「すまん、どうしたら褒めてる事になるのかサッパリなんだが? そもそもミジンコって基本メスしかいないよな?」
柏木が、さも意表を突かれたとばかりに目を見開き、何も言わずに歩きだした。その表情をどう受け止めれば良いのやら、煮え切らない思いをしつつ彼女に付いていく。
「意外にも教養があるので驚きました」
「そりゃどうも」
単細胞、つまり能無しと思っていたわけですか。あいにくミジンコは多細胞生物だ。まぁ、こいつなら知っていそうだが。
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