隠せども隠せども
紫光の元に、オドン教会へ。
幾度も来たこの場は、今や、彼の知る場で無い。
内部は、狂気に満ちる様態であった。
悪阻のような吐気を訴える娼婦。正気を失い息子と認識する老婆。
そして外には、張り付くアメンドーズ。
じっとりと、堂々と。
その不対象の多腕はしかし、不格好や醜いという美醜の感覚などでは到底測れないように思えた。
何故、己はあれの名前を知っているのだろう。
考えるのをやめた。深く考え、いい事など無い。
問題は、あれがずうっと、あそこに張り付いていたのだろう事。
秘匿の月。隠れた上位者。
隠しても隠れても、暴き立てる己のような存在。
それが居る限り、認識は時間の問題だった。
だが、否。暴かれる、更に前。
あの存在を、一人だけ言い当てていた人物が居た。
(時に、狼よ。あれが見えるか)
葦名弦一郎。
彼は、あれを指差していたのだ。
何故。
どうやって、あれを見て、観ていたのだろうか。
何があって、あれが見えるに至ったのか。
彼に再び、会わねばならない。彼がどうしてここに来たのか。それも、今ならば判るかもしれない。
一つ、やらねばならぬ事だ。
そして、もう一つ。
『ビルゲンワース』。この、成した行いについて、知らねばならぬ。彼らが犯した罪を知らねば、この夢を抜ける事は叶わない。そして、己の身に何が起きているのやも。その罪を、遺した呪いを、全て暴き、知らなければならない。
目的は、二つ。
どちらから行うべきか。
忍びは迷う。
(……手がかりが、ある)
弦一郎が何処に居るかは判らない。いつか逢わねばならぬが、しかしこの広大なヤーナムを廻り、彼だけを探す事は、至難である。
しかし、もう片方は、それらを知る為の検討が付いている。漫然と、漠然としてはいるが、それでもだ。
『狩人の悪夢』。
あれこそが、狩人の罪の証。
そう、シモンという男が言っていた。
何を行い、何を苗床としたか。それらの秘匿そのもの。
実力を付け、慣れ、あそこへと行かねばならないと感じていた。だが最早、そのような猶予など残されていないのだろう。
元より、忍びとはその身を粉にする者。
目的の為に、手段を選ばず。目的を為す。
それに、戻るだけだ。
今一度、保身などは捨てよう。
為すべき事の為に。
…
……
どんよりと、悪魔に纏わり付かれるような感触。じっとりとした、血液から生じる湿気。むせ返る程の獣臭。
彼は戻ってきた。
戻りたくもない、狩人の地獄。
朦朧と朧の残滓にして悪夢。
相も変わらずに悍しく、吐気のする場。
地下の死体溜まりに立つ。
そこには、己が撥ねたルドウイークの首。
そしてその横に、身を窶した姿の男が居る。
以前会った狩人。シモンだ。
「…ああ、あんたか」
狼が近づくと、彼が反応する。共にふと、彼の視線を背の近くへと感じた。背の、大剣に。
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