根切り
一閃。
出し惜しみは無しだ。
出会い頭にそのまま、不死の月光を叩き込む。
が、それは確かに斬撃として大きな手傷を与えるものの、彼が期待した程の威、少なくとも、それまでに挙げた手柄の程では無い。一撃でこの一体を蒸発させるような威を期待していたのだが。
そうして、ふと気付く。
神秘とは認めたくもないような悍ましさだが、この相対している者どもは、曲がりなりにもそれに近づいたものなのだ。故にこそ、同種の物には耐性がある。河豚が自身の毒で死なぬような、そういった理屈なのだろう。
で、あるならば、今回はこの月光は使えぬと思った方がいい。確かに一撃としては大きいが、隙も、使う為の心の余裕も、大きすぎる。それならば、他の牙を用いる方が良い。
背に戻した月光より、苛立ち紛いの赤き瞬きを感じた。
さて、有効打はなんだろうか。
ほんの少し思案する。長く考える隙などは無い。
先ほど切った失敗作からは血が出ている。
白いが、間違いなく血が。
血が出るのならば、死ぬ筈である。
そう、義手のからくりを動かしている隙。横から光球が飛来する。狩人の銃弾や手裏剣に慣れ切った彼には鈍いが、しかしそれは狼を追従していく。惹きつけ惹きつけ、星輪草の陰に隠れて事なきを得る。だがその避難した陰から、うぞうぞと新たな失敗作が現れる。
(…厄介な)
それぞれが巨大であり、単純な質量がそのまま攻撃を致命の物へと変えている。加えて光弾による遠距離よりの攻撃と、何よりもこの数。一対多は、それだけでも不利である。そしてまた、狼の技巧は一対一を想定している。
思い返すは、少し前の戦い。ヤーナムに居残る三つの影との戦い。あの時も、手間暇をかけ、一対一を作り上げる事により突破したものだ。今回はしかし、それが出来るような状況を作れない。
広範囲を薙ぎ払う事が可能な『不死切り』もまた、使えない。非常に相性が悪い敵であると言えるだろう。
だが、それでもまだ、斃れぬ。
失敗作たちでは無い。狼がだ。
彼はこの劣悪とすら言えるこの中で、堅実にこの戦いを支配し続けている。光弾を直前に避け、その殴りかかりを冷淡に弾き、そして尚その身体を切りつけ、白い流血のさきがけとしている。
この魔都に来たばかりの彼であるならば、既に幾度も死していたであろう。数多の獣の夜と狂った神秘が、彼を鍛え上げていた。
声に無い慟哭が空を突く。
声を上げぬまま狼が気合を放つ。
ひゅぱり。鉤縄が放たれ、何かに縊る音。
失敗作たちのその中の一つに縄が放たれ、忍びは自らを引き寄せる。そうしてそのまま、巨大な肢体のその肩へと足を乗せる。
それはまるで幼児が、保父に肩車をねだったかのような光景。だが、これは当然、そのような穏やかな光景では無い。これから行おうとする行動も。
がちんと云う音と共に、ぶちり、と、義手から無理を通した音が聞こえる。
これの搭載は、あまりにも無茶であった。それでも、夢の中の工房はそれを可能にしたのだ。
それは正に、荒唐で無稽な夢の中のように。
鋼の義手から出てきたからくりが火花を立てる。
回転する、火花を散らす、音を鳴らす。
これは、この悪夢で拾い集めた最後の武具。
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