ヤーナムを征む
隻狼の、目が開く。
どのような仕組みかは判らない。だが、気づけば自分は又、一度死した市街に居る。洋風の灯籠…ランタンと言ったであろうか。あの、狩人の夢の中で自分は薄紫に光るそれに祈り、そして市街に存在する同様の物の前に自分は現れ出た。
恐らく時も又、共に戻っているだろう。つまりは己が殺した群衆も皆蘇っている。
それでも、戻る事が出来るという事は、有り難い。心の折れぬ限り幾度でも挑み続ける事が出来る上、群衆の位置も戻るのならば、それらを覚える事が出来る。動きが同じでは無いにせよ、その配置を知る事は出来る。
もし死を重ね過ぎて本当に死んでしまったのならば、それは本願の成就ともなる。
だが、そうはならないだろうという、どこか確信じみた予感もあった。
改めて義手を確かめる。その内部には、鉤縄と手裏剣車がある。他の用具は全て取り外し、あの廃寺に置いたままだ。取りに戻るということも当然出来ない。まあ、だが、この二つがあるだけ十分とも言えた。
「ゴホッ、ゴホッ…」
考え込む狼の耳に咳込む声が届いた。一瞬、竜咳を想起する。だが、この土地には竜胤の呪いは起こっていない。
それよりも。この咳の音は間違いなく人の放つ音だ。それも、正気付いた。
話を聞いてみたくなった。情報を知る為であっても当然、ただ、ここへ来てから人に見える事が無かった為もあり。
赤いランタンを、軽く叩く。
返事は直ぐに来た。
「⋯ああ、獣狩りの方ですね。
それに⋯どうやら、外からの方のようだ」
ふと、狼は違和感に気付く。
言語は変わらず判らないままだ。だがしかし、今は意味が通じる。これもまた、あの『夢』を経由した作用の一つだろうか。
「…どちらとも、そうだ」
「ああ、やはり。私はギルバート。
あなたと同じ、余所者です」
男…ギルバートはその自己の紹介の後、直ぐにまた咳き込んだ。頻度、深さ、共に重い病気である事を否応なく察せさせる。
「…失礼。私は床に伏せり、もう立つこともままならない身ではありますが…それでもお役にたてることがあれば、言ってください」
「何故、俺を助ける」
「はは、誰かの助けになりたいというのは人として当然ではないでしょうか」
「…この事態を収める方法は、なんだ」
「この街の…獣の病の事ですか。でしたら、医療教会を訪ねてみてはどうでしょうか。彼らは血の医療、その他の知識を独占していますから」
「血の、医療?」
「ええ。詳しくは判りませんが、恐らくそれが手掛かりになるのではないでしょうか」
「…ヤーナムの街は、よそ者に何も明かしません。常であれば、あなたが近付くことも叶わないでしょうが…」
「…この夜ならば、か」
「ええ…橋の向こうに聖堂街があり、その最深部には血の源があるという、大聖堂があります。そこに…」
ごほっ、ごほ、ごほ、と。大きな咳が、言葉の末尾を拐っていく。
長話が体に障ったのだろうか、咳が止まる事は無い。忍びはただ、一言礼を言いその場から離れた。
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