1話 ただ何よりも強く
「はああああッ!!」
張り詰めた空気を切り裂いて甲高い叫び声が上がる。床板を蹴り出す擦過音が断続的に聞こえ、竹刀のぶつかる音が激しく打ち鳴らされていく。多くの門弟が固唾を呑んで見つめるその先では、二人の少年少女が刃を交えていた。
一人は黒髪の少年、黒鉄王馬。
黒鉄本家の嫡男であり、魔力値は世界でも有数のAランクを誇る。剣士としての才能にも恵まれ、彼自身、何よりも強さを追い求める生粋の求道者。将来この国随一の騎士になることが約束された、誰もが認める天才サラブレッドである。
「はあッ!!」
今も、八歳とは思えない動きで相手の懐へ飛び込み、残像すら生じる速度で竹刀を振るっていた。同年代どころか大人でも、下手をすればプロの騎士ですら不覚を取るかもしれない。
そんな必殺の一撃が少女の矮躯へ叩き込まれようとし――
「……遅い」
「なっ!? ――ぐぁッ!?」
寸前、少女は事もなげにそれを打ち払い、逆に王馬の胴を激しく打ち据えた。攻撃直後の無防備な腹を撃ち抜かれた彼は、まるで車に撥ね飛ばされたような勢いで吹き飛び、道場の壁へ叩きつけられた。
再起不能になってもおかしくないほどの苛烈な一撃。その惨状を見た門弟の一人が慌てて彼に駆け寄り助け起こす。
「お、王馬様ッ!! ご無事ですか!?」
「カホッ! ゴホッ! よ、余計な真似を……するな!」
「で、ですが……」
気遣う手を振り払い立とうとする王馬。しかしダメージが大き過ぎるのか、足腰が震えてなかなか身体を起こせずにいた。当然そのままやらせるわけにはいかず、かと言って切り上げて勘気を被るのもたまらず、やむなく門弟は一時中断を宣言した。
その様子を遠目に見ながら、壁際に並んだ者たちがヒソヒソと言葉を交わし始める。
「……な、なんて強さだ。あれがもう一人のAランク、刹那様……」
「なぜ鍛錬に参加されないのか、これまで疑問に思っていたが……」
「多分、力の差があり過ぎたからだろうな。あんなの誰も相手になれねえよ」
「無理もない……。神童・王馬様ですら、あのザマなんだから」
王馬に相対する白髪の少女、名を黒鉄刹那という。彼らの主家たる黒鉄家の長女であり、本来ならば敬意と崇拝を以って接すべき相手だ。
しかし――
「――そこ」
「「「ッ!?」」」
瞬間、弛緩していた空気は一瞬で張り詰め、その場にいる全員が口を噤んだ。彼らが少女を見る目は皆一様に恐怖によって彩られていた。
「静かに……して」
「も、申し訳ありません、刹那様!」
「ご無礼をいたしました!」
……異様な光景だった。
彼らは何れも、黒鉄の門弟となることを許された実力者たち。相応の強さとそれに付随するプライドを持った一廉の武芸者である。仮にも二回り年下の少女に見下されて、何も感じないような腰抜けではない。
「ど、どうか……ご容赦を……ッ」
しかし、彼らがそれを表に出すことは決してない。口にしたが最期、自分の命はここで終わるのだ――と。
そんな荒唐無稽な予感に押さえつけられ、ただ従順に頭を垂れるしかなかった。今この瞬間この場の全ては黒鉄刹那という怪物に支配されていた。
「王馬様……、やはり今日は、このくらいで……」
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