10話 踏んで踏まれて強くなれ
その感情を何と言い表せば良いのか、黒鉄一輝はすぐには言葉にできなかった。
――魔力もなしに伐刀者を倒したことへの“驚愕”か?
――常軌を逸した勝利方法への“恐れ”か?
――軽率に命を賭けたことに対する“怒り”か?
――はたまた、自分より厳しい条件で勝ってしまった姉への“嫉妬”なのか?
様々な感情が綯い交ぜになり、とても一言で表すことはできなかった。
「…………姉、さん」
それでも一輝には今、確かに分かることが一つだけあった。
有り得ない出来事を前に皆が怯える中、ただ一人彼にだけは、姉の声なき叫びが聞こえてきたのだ。
――ほら、頑張ればできたぞ……? だからお前も諦めるな――――と。
Fランクだとか平均以下だとか、そんなレベルの話ではない。
全くの魔力なしの状態で、あの姉はCランクの伐刀者を倒してしまった。魔導騎士の才能などなくても、全てを賭して挑めば勝てるのだと、その身で以って見せられてしまったのだ。
……もちろん、頭の中の冷静な部分では理解していた。
いくら魔力を封じられようと、あの姉を一般人と同列に見ることなどできない。魔力以外のあらゆる才能――剣術、体術、身体能力――全てが飛び抜けた規格外の天才なのだ。他人がアレと同じことを、そっくりそのままできるわけがない。
「ッ……姉さん!」
けれども一輝は――――魅せられてしまった。
理性がいくら『無理』と叫ぼうとも、胸の内に浮かんだ熱はもう止められない。
初めて会ったあの日と同じ、全てを薙ぎ倒し進んで行く背中に、憧れたこの想いはもう止められない。
兎にも角にも黒鉄一輝は今、胸に込み上げてくる熱い気持ちを彼女に伝えたくて堪らなかった。制止の声も振り切って、リング中央へ向かい真っ直ぐに駆けていく。
視線の先、満身創痍の刹那がこちらへ振り返るのが見える。身体中ボロボロで今にも倒れそうだというのに、その瞳は相も変わらず静かな湖面のように凪いでいた。これほどの偉業を成し遂げておきながら、呆れるほどに普段通りな佇まい。思わず一輝は苦笑してしまう。
――ああそうだ、あれが僕たちの姉さんだ。
ぶっきらぼうで無愛想で、何考えてるか分からなくて、いつも弟妹たちを好き勝手に振り回してくれて。……けれども世界一優しくて頼りになる、僕たちの自慢の姉さんなんだ。
世界中があの人を恐れようとも、僕だけはそれを知っている。皆が彼女を遠ざけるというのなら、せめて弟である自分だけは、あの人の傍にずっと寄り添い続けよう。
「姉さんッ!!」
そして一輝はついに、辿り着いた姉の目の前で、天にも届けと思いの丈を叫んだのだ。
「僕に戦う勇気をくれて、本当にありが――ッ
「黙れ!! この愚弟がッ!!!」
「ブへらあッ!!?」
――ドゴオオオオーーンッ!!
そして予定調和のごとく、顔面からリングへめり込んだのであった!
……。
…………。
………………。
――――え?
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