2話 仲良くなるって難しい
黒鉄家の朝は早い……。
まだ日も昇りきらぬ早朝から、敷地内の道場では威勢の良い掛け声が上がり始めていた。
「それでは、素振り始めッ!!」
「はい!」
――『伐刀者でなければ黒鉄にあらず』
そんな時代錯誤とも言える不文律のもと、黒鉄の血に連なる者たちが老若男女問わず厳しい稽古に励んでいた。
時代が進み、戦闘畑以外に鞍替えする武家も多い中、個人の力を今もここまで重視しているのはこの黒鉄家ぐらいだろう。
「適当に回数を熟すんじゃないぞ! 一回一回、正しいフォームを意識しながら振るんだ!」
「はい!」
道場内を見渡してみても、いい加減な態度で鍛錬に臨む者は一人もいない。
『実力さえあれば身一つで栄達できる』という期待か、それとも『力が足りなければ見限られる』という不安か……。その理由は人の数だけあれど、皆負けるものかと言わんばかりに、一心に竹刀を振り続けていた。
なんとも感心な心掛け。日本の伐刀者たちの未来はきっと明るいことだろう。
「そ、そこぉ! じ、軸がぶれているぞぉ! ももッ、もっと集中しろぉ!!」
「はは、はいぃ! すみませええんッ!」
……否、どうやらそうではなかった模様。
別に彼らは、力を付けたいがために鬼気迫る顔になっていたわけではないようだ。
チラ……、チラ……、チラ……。
門弟たちは気もそぞろなままに、ある方向をチラチラと盗み見ていた。その理由は聞こえてくる素振りの音を見れば一目瞭然であろう。
「さあッ……あ、あと50本! 各自、気合いを入れて振れ!」
「は、はい!」
ブン! ブン! ――――ブォオオオオン!!
ブン! ブン! ――――ズバアアアアン!!
ブン! ブン! ――――ドパアアアアン!!
ブン! ブン! ――――ゴガアアアアン!!
「「「………………」」」
――音なのに目に見える、とはこれ如何に?
そんな哲学的疑問を覚えるほどの凄まじい圧が、道場の端から吹き付けられていた。……何人かは物理的にひっくり返ってしまっている。
「……あ、あの、……師範」
「余計なことを言うな。……私は気にしていない」
「いや、まだ何も言ってませんけど……。で、でもやっぱり注意した方が――」
弟子の一人がおずおずと述べた瞬間、師範はクワッと目を見開いた。
「何も言うなと言ってるだろッ。私は全く気にしてないからなッ!」
「そのセリフがもう、気にしているって証拠じゃないですか!」
「う、うるさい! あんなの相手にどう注意しろってんだ!?」
「そりゃそうですけどッ!」
師範と弟子たちが蒼い顔で見つめる先――――道場の隅っこには、この場に似つかわしくない小柄な影があった。
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