5話 社会見学へ行こう
戦いにおいて重要なもの――それは何と言っても“実戦経験”であろう。
知識や技術も疎かにしてはならないが、最後にモノを言うのはやはり、“本物の戦いを知っているか否か”、これに尽きる。
――血と硝煙の香り、剣戟と発砲の音、兵たちの叫びと気迫、零れ落ちていく命の温度。どれも映像や口伝だけでは決して実感できないものだ。
直接目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、触れて確かめ、心で感じ……、ようやくそれらは生きた経験となり、戦士たちの背中を支えるバックボーンとなる。
支えを持たない新兵たちが呆気なく散る様を、刹那は両手で数え切れないほど見てきた。無慈悲な死は戦場の習いとはいえ、力を出し切れないまま命を落としてしまう姿は、やはりどうにも勿体なく感じる。
ゆえに刹那は常々、『新人には早めに戦場の空気を教えるべき』と、周囲に強く説いているのだ。(※どうでもいいことだが、彼女は現在八歳である)
……。
…………。
………………。
と、いうわけで……。
「……王馬。……一緒に、戦場体験……行こう……!」
「――帰れ」
現在時刻は午前二時。
刹那は弟の部屋を電撃訪問し、上記の頭が沸くようなセリフを放っていた。当然アポなし、事前の連絡なし。寝ているところを叩き起こされた王馬の顔には、見事なまでの青筋が浮かんでいた。
「何をしに来た。次に会うのは死合う時だと言ったのを忘れたか? …………あと何時だと思っている」
仁王像のごとく眉を吊り上げながら、王馬は姉を詰問する。怒りながらも冷静に言葉を発しようとするその様は、彼の心の確かな成長を示していた。
――が、姉はそんなものどこ吹く風。若干ウザいテンションのまま、王馬の目の前で人差し指をチチチと振る。
「んふ……んふふふッ……そんなこと、言って……良いのか、なぁ~……? んふふふふッ」
「~~~ッ。……早く、用件を言え……ッ」
思わず霊装を抜きそうになるのをなんとか堪え、王馬は質問を続けた。ここで激情のまま襲いかかったところで、姉を喜ばせるだけだと分かっているからだ。
……あと単純に、まだ勝てないから。
自分で思っておいてなんだが、王馬は頭の血管が切れそうになった。
「……今から……、戦いに……行くん、だよ……」
「……なに?」
「……違法伐刀者の、情報が……回ってきた……ので、……戦いに行こうと……思ってる、の……」
告げられた興味深い内容が、王馬の頭に昇った激情を冷ましていく。
(……なるほど。“招集”、か)
――特別招集。それは、学生騎士に治安維持の現場を体験させるための制度。
インターンと言い換えれば分かり易いだろうか? 本来は騎士学校卒業後でなければ伐刀者として活動できないが、一部優秀な学生に限り、早くから経験を積ませる目的で現場に召集されることがあるのだ。
刹那はこれを六歳の頃から、本家の命により幾度となく繰り返してきた。もちろん一度も負けなしの全戦全勝。“黒鉄の白髪鬼”と言えば、業界の一部ではつとに有名だ。
『小学一年生は“学生”じゃなくて“児童”じゃね? マズくね?』という声が上がったこともあるが、ぶっちゃけ人材不足ゆえに、こまけぇこたぁいいんだよ!の精神でスルーされてきた。
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