⑳
≪Observation by Asuka≫
ひょっとすると、今日このときのためにボクは全てを捧げてきたのかもしれない。
手を伸ばせば届く位置にいる蘭子。彼女がボクを見て微笑む。ボクも負けじと笑みを返す。
ダークイルミネイト。ボクと蘭子によるデュオユニット。
十日前、上からの命令という形で急遽結成することになったユニットだが、それは最高のものになる予感があった。寧ろ、今まで蘭子とユニットを組むという発想が一度も浮かばなかったのが謎だった。ダークイルミネイトこそが、ボクとPが運命に叛逆した末に辿りついた未来なのだ、とさえ思っている。
ものの数日でダークイルミネイトの新曲が用意されたのは、常務が後ろ盾になっているからだろう。
そして特訓を経て、今この場所に臨んでいる。このステージは、ボクがこれまで乗り越えてきたどのステージよりも困難なものになる。そんな確信がある。どんな些細なものでもミスがあれば即座に終了されるだろう。今日のオーディエンスの目は、間違いなく、世界で一番厳しいから。あと、厭味ったらしいし、容赦も慈悲もないし、それに何より、ボクのことをとにかく嫌っているから。
だからといって怯んだりしない。目に物見せてやる。
「「――!」」
伴奏の開始に合わせて歌い始めるボクと蘭子。コンマ一秒のズレさえもないリズム。ボクたちの歌声の完璧なユニゾン。
イケる!
この感じ、最高の一回になる。どうだ!? これが特訓の成果だ! その目にとくと焼き付――
「ストップ」
――なにっ!?
「ストップ。ストップよ。早く音楽を止めて」
「あっ、は、はい……っ!」
ルーキーのトレーナーである青木慶さんが、手にしていたリモコンを慌てて操作する。
スピーカーから流れていた音楽が止まり、ステップの途中だった足先が接地した瞬間の、キュ、という音が、レッスンルームに物寂しく響いた。
ズカズカと、ボクへと迫ってくる人物がいる。神崎Pだ。ボクたちの最高の試演を止めた張本人。
「ハァ~~~」
不機嫌さを隠そうともしない盛大な溜息を吐きつつ、性悪女は尚も近づいてくる。ボクだってウンザリなのだが?
ボクのパーソナルスペースを侵し、無駄に形の良い胸があと一ミリでボクに触れるというところまで接近してくる。オマケに鼻先も一ミリのところまで寄せて、所謂ガンを付けてくる。並外れた美人のキレ顔は、率直に言って凄い迫力だ。ボクは慣れているけど、普通の青少年なら泣き出しても不思議じゃない。いや本当に。
「三日前から何も進歩していないじゃない。一体どういう了見? 貴重な時間を使って何をしていたのかしら? もしかして貴女、無駄な努力をするのが好きなタイプの人間?」
は? うるさいな? 一歩だって引いてやるものか。
「歌もダンスも、三日前とは違って、トレーナー陣から合格判定を貰っているんだが? それをサビに入る前に止めるなんて、キミの目は節穴なのかな? あぁ、もしかして老眼かい?」
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