公孫賛(一):天地人
公孫賛、字を伯珪、真名を白蓮。
彼女はごく普通に、在地であった幽州で官職に就き、異民族討伐において順当に武勲を重ね、盧植の下で着実に勉学に励み、順調に昇進してついに太守となった。
大きな失敗もない、比較的穏やかな人生。
したがって、他人に対しても適当な距離感を保ち、特別烈しい好悪を抱くということもしなかった。
だが、幽州牧の劉虞だけは別だった。
会った瞬間から、自分の中で今まで覚えなかった烈しい憎悪が生まれた。
生まれ持った知性。なに不自由ない環境で身につけた教養品格、血統。
自分や、そして学友ら他人が必死に努力して得てきた以上のものを、あの少女はのほほんと持ち合わせていた。
だが、誰もそのことに異論を唱えない。やれさすがは皇統よ劉氏よと褒めたたえ、本人はそれを表面上は謙遜しつつもまんざらでもない様子でそれを受け入れるのだ。
治める民は無条件で彼女を信奉し、なんと蝗さえ、彼女の徳を敬って領内を荒らさないというのだ。
そんな馬鹿なと笑うことができたが、自身の治める北平においてもその声望は自分よりも高い。
この手の与太を正直に信じて「ここも劉虞様が治めてくだされば」と民が放言したという噂がある。
平時においてもそうした苛立ちが募っていき、ついに限界に達したのが先の対烏丸の論争だった。
「お願い、白蓮ちゃん」
許してもいない真名を呼ばわり、飴細工のような髪をさらさらと触れながら、あの女は笑って言った。
「みんな、お腹が空いてやったことなんだよ。だから、話し合ってなんとか解決できないかなぁ」
(ふざけるな)
すでにこちらの先遣が何人か殺されている。
恩徳だがなんだか知らないが、劉虞の地を避けた匪賊に、自分の領地が襲われている。
「白蓮ちゃんも悪いんだよ? 白蓮ちゃんが怖い顔してみんなをいじめるから、それでみんな戦うしかないぐらいに追い詰められて」
――次の瞬間、議席より立ち上がっていた。
眦を吊り上げ、吐き捨てた。
「そんなに助けたければ、助ければ良いだろう!? ただし、お前の命と引き換えにな!」
「――つまり、『ついカッとなってやった。今は後悔している』と?」
曲がりなりにも一国の治める者が、情操教育の足りない孺子の凶行でもあるまいに、と副官の田豫が透き通った眼で非難していた。
「う……仕方がないだろう!? まさか本当に精神を病んで自殺するなんて思わなかったし……おまけにそれで残党が攻めてくるものだから」
「そもそも皇族と……よりにもよって劉虞様と争わんとすること自体が愚の骨頂と申し上げました。そもそも
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