董卓(二):緋が走る(前)
見渡す限りの、平地である。
一大決戦には打ってつけ。ではあるが、ずいぶん袁術の鼠らしからぬ戦場を選んだものだとは思う。
というよりも、すでに本隊は陶謙や劉曜を警戒するという名目で盧江に引き上げている、という情報も入っている。
(敵の全容は見えている)
左翼、街道筋に少数の騎兵。
歩騎を併せ持つ『令』の旗を掲げた一団が中軍を固めている。字面から察するにおそらくそれが本陣か。
明らかに急ごしらえの、平地の砦に守備兵を詰め、その背にようやく山と城が見える。右翼はその援護か。例の赤騎兵が陣している。
その間に森とも言えぬ木々があるが、これも大兵を隠すには不向きである。
(要するに、主人に見捨てられた敵の戦意はそれほど高くないってわけね)
董卓軍師であり本軍の全権一切を親友より委ねられた詠はそう判断した。
異郷に流され、あんな俗物に大の男たちがアゴで使われる。これほど屈辱的なこともないだろう。
せめてもの義理立てで抗戦し、頃合いを見て退くつもりだろう。
(あるいは、どうしようもない戦下手か)
相手より下回る兵力での平野決戦。その乏しいのさらなる分散。
おおよそ兵法を知ったる者の陣立てではあるまい。
突出した左翼からは詐術めいた臭いを感じるが、それも大軍とそれぞれの即妙の才を以てすれば戦局全体を覆すほどの脅威にはなるまい。
「左翼! 徐栄! 中央、呂布、華雄は直進し中央突破! 本隊は敵左翼の騎兵を追いつつ半包囲! 張遼は遊軍として最後にあの小砦を三方より攻め立てて屠り、これを以て本作戦の完遂とするッ」
敵の乙には甲を、丙には乙を。
何の芸当もない兵力配分ではあるが、ゆえにこそ敵には策を弄する暇は与えまい。
詠は盟友たちに目くばせし、それぞれに持ち場へと返す。
立ち位置を入れ替えていく馬蹄の音が、地割れを起こさんがばかりに響く。
ややあってそれらが収まりを見せて、静寂を取り戻す。抑えの利く、天下最精鋭の騎兵団であろう。
最後に友を、董卓を、月を視る。
互いに信頼と親愛、そしてこの苦境を乗り切らんと言う激励の視線を交わし、そして采を振り下した。
――だが、この時点ですでに彼女は決定的かつ致命的な思い違いをしていた。
彼らは袁術に義理を立てているのではない。自身の武や信念にこそ忠を抱いている。士が士たらんと、侍は侍たらんと、騎士は騎士たらんと、軍人は軍人たらんとした結果、彼らはこの絶望的な戦況に生き場を求めている。
そして武の求道というものは個人的な武勇のみではないということを、武人ではなく智者であった賈文和には知り得ないことであった。
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当初は互いの思惑に違わず、董卓軍優勢に推し進められた。
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